「関東ローム」と土壌

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形成された種々の丘陵や段丘面上には火山からの噴出物(主として火山灰)が堆積し、いわゆる「関東ローム層」ができあがった。この関東ローム層は、火山灰を主体とする火山噴出物からなるが、「ローム」という言葉の中には火山灰という意味はない。ロームLoam(壌土)は土壌の粒径組成(土性)の一つの区分名で、粘土(〇・〇〇二ミリメートル以下の粒子)が〇~一五パーセント、シルト(微砂)(〇・〇二~〇・〇〇二ミリメートルの粒子)が二〇~四五パーセント、砂(〇・〇二ミリメートル以上二ミリメートル以下の粒子)が四〇~六五パーセントを占めるものである。南関東地域に分布する火山灰由来の黒ボク土は、軽埴土LiCから壌土Lの粒径組成を持つものが多いためにローム(層)とよばれるようになったと考えられる。
 関東ローム層は古い方から順に多摩ローム層(約二七万~一三万年前)、下末吉ローム層(約一三万~六万年前、多摩丘陵では欠く)、武蔵野ローム層(約六万~三万年前)、立川ローム層(約三万~一万年前)、完新世富士火山灰層(約一万年前~現在)からなる(関東ローム研究グループ一九六五)。多摩ローム層および下末吉ローム層を古期ローム層、武蔵野ローム層および立川ローム層を新期ローム層とよぶこともある。上杉ら(一九八三)は、多摩ローム層から完新世富士火山灰層までの各テフラの一次鉱物組成を明らかにしている。
 多摩ローム層の形成には複数の火山が関係しているとみられているが、更新世中期約二七万年前から一三万年前にかけて形成された褐~灰褐色の粘土質の火山灰は軽石(パミス)とスコリアからなり、下部は石英安山岩質の軽石層、上部は安山岩質軽石層によって特徴づけられている(皆川・町田一九七一)。多摩ローム層は、多摩Ⅰローム層と多摩Ⅱローム層とに区分される(岡一九九〇)。陸成の多摩ローム層の主要粘土鉱物はハロイサイト(一・〇nm)であるが、海成の多摩ローム層は不規則混合層鉱物を主体としている。多摩ローム層テフラに含まれる化学成分(全含量)については、永塚ら(一九八九)、永塚・上條(一九九四)、永塚ら(一九九五)によって詳細に述べられ、カルシウムおよびマグネシウム含量は〇・八四~一・五一パーセント、〇・五二~二・六二パーセントで、立川、武蔵野ローム層のそれらより低いことが示されている。
 下末吉ローム層を形成した主たる噴出物の供給源は箱根山と推定されており、更新世後期の約一三万年前から約六万年前にかけてつくられた火山灰層で、褐~灰色を呈し、次の武蔵野および立川ローム層よりも細粒質である。陸成の下末吉ローム層の主要粘土鉱物は、ハロイサイト(一・〇nm)で、アロフェンはほとんど含まれていない。一方、海成下末吉ローム層はハロイサイト(〇・七nm)とハロイサイト(一・〇nm)の不規則混合層鉱物を主体としている。
 武蔵野ローム層は富士火山を噴出源とする褐色の火山灰層で更新世後期の約六年前から約三万年前にかけて形成された。南関東では、箱根東京軽石層TP(Hk-TP、四万九〇〇〇年前)を含み、上位の立川ローム層よりも細粒質である。かんらん石と輝石を主体とする有色鉱物組成を示す。武蔵野ローム層上部はアロフェンとハロイサイト(一・〇nm)、下部はハロイサイト(一・〇nm)を主要粘土鉱物としている。武蔵野ローム層中のカルシウム含量(全量)は、多摩ローム層、立川ローム層中のそれよりも明らかに低く(永塚ら一九八九)、武蔵野ロームの特徴としてあげることができる。昭和六十二年(一九八七)に多摩ニュータウン東部(稲城市)で、箱根東京軽石層を挟む上下層から、約五万年前の石器群が出土した。
 立川ローム層は、武蔵野ローム層と同様に富士火山を主たる噴出源とする褐色の火山灰層で、更新世末期の約三万年から約一万年前にかけて形成された。有色鉱物には、かんらん石が多く、粘土鉱物の主体はアロフェンである。広域テフラといわれる姶良丹沢(姶良Tn)火山灰(AT、二万一〇〇〇~二万二〇〇〇 B.P.)を含む。昭和六十二年に箱根東京軽石層の上下層で石器類が発見される以前は、立川ローム層第二暗色帯(BBⅡ)の上部から姶良丹沢火山灰の下部にかけての土層から発見された石器類が、最も古い石器とされていた。多摩丘陵の頂部の平坦な場所や谷壁斜面の上部には立川ローム層が確認できる。立川ローム層のカルシウム含量(全量)は、武蔵野ローム層、多摩ローム層のそれよりも高い(永塚ら一九八九)。立川ローム層中には、二~四枚の暗色帯(埋没古土壌)が認められ、暗色帯は炭素、窒素含量、植物珪酸体(プラントオパール)含量が高い。二~四枚の暗色帯のうちの一つである立川第一暗色帯(BBⅠ)の14Cの年代は一万七〇〇〇~二万y.B.P.で、欧州のブランデンブルグ亜氷期(北米のウッドフォード亜氷期)のある時期に対比されている。また、立川第二暗色帯(BBⅡ)の14C年代は二万四〇〇〇~二万六〇〇〇y.B.P.で、欧州のパウドルフ亜間氷期(北米のファームデール亜間氷期)に対比される(松井一九九六)。
 完新世富士火山灰層は、富士火山を噴出源とする最表層の火山灰層で、完新世の約一万年前から現在に至るまでの期間に形成された。町田(一九六四)は褐色の、スコリアを含むが黒色味のきわめて強い、腐植含量の高い火山灰層を富士黒土層(FB)とよび、褐~暗褐色の粗粒スコリア互層を新期富士降下火砕層(YFT)と名付けた。富士黒土層は、富士火山周辺で最も厚く、丹沢、大磯、相模原に広く分布し、多摩丘陵においても侵食を受けにくい平坦な場所にみられる。富士黒土層からは縄文早~中期の土器が見出され、九〇〇〇~五〇〇〇年前の火山活動の比較的静穏な時期に降下した火山灰に腐植が多量に集積したとみられている。一方、新期富士降下火砕層は五〇〇〇年以降の激しい火山活動によって形成されたと考えられているが、降下堆積後の経過時間が少ないにもかかわらず、腐植の集積は良好である(坂上ら一九八三)。富士黒土層の主要な一次鉱物は、単斜輝石であり、粘土鉱物はアロフェンを主体としている。新期富士降下火砕層はかんらん石を主要一次有色鉱物(上杉ら一九八三)とし、粘土鉱物ではアロフェンを主要鉱物として、イモゴライト、ハロイサイトを副次的に含む(鈴木・坂上一九八三)。完新世富士火山灰層の化学成分(全量)についてはOKuda et al.(一九九五)が報告している。完新世富士火山灰層中の鍵層には、富士宝永スコリア(F-Ho)、富士砂沢ラピリ(F-Zn)、湯船第二スコリア(Yu-2)、青柳スコリア(AS)があり、鍵層としての埋没腐植層(H-1BB、FB、BBⅠ、BBⅡ)がある(坂上一九九六)。