沖積低地水田土壌

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多摩川の右岸の氾濫原は、左岸に広がる氾濫源よりも狭い。多摩川と大栗川に挟まれた低地に位置する一ノ宮後田(図1―21TM6)に代表地点を設定した。本地点の標高は五四メートルである。これまで、潅漑水を利用して水田として利用してきたが、平成二年(一九九〇)までには休耕田となり、その後宅地に転用された。永年にわたる水稲栽培は、この土壌に独特の土層配列をもたらしていた(東京都一九七九)が、周辺の水田が宅地などに転換され、さらに休耕期間が長くなると、土壌全体の酸化が進み、灰褐色土色の褐色味が勝るようになり、褐色低地土壌へと変化した。土壌全体の酸化は、これまで明瞭であった鉄およびマンガン集積層をしだいに不明瞭としつつある(図1―23)。

図1―23 多摩市の土壌の断面形態

 TM6土壌の一次鉱物組成を表1―2に、理化学的性質を表1―3に示す。土壌中に存在する直径〇・〇四四~〇・二五〇ミリメートルの粒子を篩別(しべつ)し、有機物を分解した後、偏光顕微鏡下で同定、計数し、粒数パーセントを求め、一次鉱物組成を明らかにした。多摩川、大栗川の沖積物を母材とする本土壌の重鉱物は、しそ輝石一~三パーセント、角閃石三~七パーセント、磁鉄鉱二~三パーセントであり、重鉱物の割合は低かった。一方、軽鉱物では、長石類六九~七二パーセント、石英〇・五~二パーセントで、軽鉱物の多い沖積土壌の特徴をよく表わしている。火山ガラスが一~二パーセントほど認められたことは、火山噴出物(火山灰に由来する土壌)の混入を示している(図1―24)。
表1―2 多摩市に分布する土壌の一次鉱物組成
土壌 層位 深さcm しそ輝石 普通輝石 角閃石 かんらん石 黒雲母 磁鉄鉱 石英 長石類
連光寺 TM1 Apg 0―16 1.3 3.1 2.2 3.5 10.6 67.8
B1G 16―38 0.8 2.4 4.5 4.5 13.1 65.3
B2G 38―71 0.5 3.8 4.2 1.4 10.3 64.8
連光寺 TM2 A1p 0―22 7.7 1.2 3.1 8.4 0.8 23.1 0.8 30.8
A3 22―47 12.6 2.1 3.3 15.9 9.6 0.8 27.2
B 47―100 5.1 0.5 2.3 3.3 0.5 9.8 1.9 59.0
連光寺本村 TM3 Ap 0―35 5.8 0.4 1.9 16.6 8.1 1.2 21.4
B1 35―75 3.6 0.4 48.7 0.4 3.1 6.3
豊ヶ丘 TM4 A 0―25 7.2 0.4 0.8 16.0 6.8 0.4 20.2
B1 25―57 3.7 1.4 11.4 1.8 9.1
B2 57―90 7.2 2.0 14.9 6.9 2.0
豊ヶ丘 TM5 A 0―40 9.5 0.4 1.8 12.4 9.5 20.8
B 40―85 5.1 0.8 16.9 7.6 18.6
一ノ宮 TM6 Ap 0―15 1.4 5.9 0.9 2.7 0.5 70.8
Blir 15―35 3.3 4.7 2.4 1.4 69.8
B2mn 35―52 3.4 7.3 1.9 2.4 70.4
C1 52―62 2.1 5.6 2.6 1.0 69.3
C2 62―77 2.7 3.2 4.2 1.6 1.6 72.3
粒径0.044~0.250mm 粒数%として表示した

土壌 火山ガラス 植物珪酸体* 風化物
バブルウォール型 軽石型
Y字状 平板状 繊維状 スポンジ
連光寺 TM1 11.5 100
1 9.4 100
15.0 100
連光寺 TM2 1.2 0.4 0.8 2.3 5 19.4 100
0.4 1.7 0.4 3.8 5 22.2 100
0.9 0.9 2 15.8 100
連光寺本村 TM3 0.7 1.5 6.9 1 35.3 100
0.9 0.9 6.7 29.0 100
豊ヶ丘 TM4 6.5 6.8 2.3 3.4 17 29.2 100
8.2 13.2 4.6 46.6 100
15.8 18.3 32.9 100
豊ヶ丘 TM5 1.8 1.5 1.8 9.1 31.4 100
1.7 1.7 0.4 22.9 4 24.3 100
一ノ宮 TM6 1.8 1 16.0 100
0.9 0.5 0.5 8 16.5 100
0.5 0.5 1 13.6 100
1.5 0.5 1.0 1 16.4 100
14.4 100
*粒数

表1―3 多摩市に分布する土壌の理化学的性質
土壌 層位 深さcm pH 電気伝導度
μScm-1
全炭素
gkg-1
全窒素
gkg-1
C/N 腐値
gkg-1
有効態リン酸
mgPkg-1
H2O KCl
連光寺 TM1 Apg 0―16 5.10 4.35 96.2 28.5 2.15 13.3 49 1.50
B1G 16―38 4.81 3.73 49.0 30.1 1.83 16.4 52 N.D.
B2G 38―71 5.10 4.23 32.9 3.12 0.273 11.4 5.4 N.D.
連光寺 TM2 A1p 0―22 5.92 5.28 59.9 34.0 2.73 12.5 59 9.61
A3 22―47 6.01 5.11 53.6 32.4 2.43 13.3 56 0.416
B 47―100 5.82 4.99 57.2 18.8 1.60 11.8 32 0.130
連光寺本村 TM3 Ap 0―35 4.05 3.99 180 38.1 3.36 11.3 66 11.1
B1 35―75 5.73 5.40 199 17.9 1.56 11.5 31 0.617
豊ヶ丘 TM4 A 0―25 5.21 4.80 52.6 58.3 3.74 15.6 100 0.290
B1 25―57 5.35 5.10 77.7 11.5 0.865 13.3 20 N.D.
B2 57―90 5.52 4.80 42.5 9.78 0.871 11.2 17 0.740
豊ヶ丘 TM5 A 0―40 5.30 4.61 39.0 42.1 3.49 12.1 73 0.141
B 40―85 5.40 4.81 57.0 35.9 2.66 13.5 62 0.282
一ノ宮 TM6 A 0―15 5.49 4.65 72.5 23.3 2.42 9.63 40 31.7
Blir 15―35 5.68 5.30 64.5 18.8 1.88 10.0 32 1.49
B2mn 35―52 5.95 5.30 54.2 12.2 1.31 9.31 21 0.801
C1 52―62 5.95 5.41 43.0 11.4 1.10 10.4 20 0.393
C2 62―77 5.75 5.10 63.0 5.25 0.595 8.82 9.1 1.46
 
土壌 リン酸吸収係数
mgP2O5(100g)-1
陽イオン交換容量
cmol(+)kg-1
交換性陽イオンcmol(+)kg-1 塩基飽和度
三相分布%
Ca Mg K Na 固相 液相 気相
連光寺 TM1 962 22.9 9.88 4.11 0.169 0.376 63.9
1,120 21.7 3.98 2.83 0.748 0.338 33.3
602 12.2 3.90 2.68 0.178 0.164 56.7
連光寺 TM2 1,650 36.3 17.8 1.98 2.21 0.123 60.9
1,640 38.6 17.6 2.81 0.553 0.175 54.8
1,440 29.2 13.9 4.44 0.123 0.490 64.9
連光寺本村 TM3 2,290 42.6 1.20 0.119 0.832 0.0537 5.2 22.1 39.1 38.8
2,870 56.6 9.89 1.49 2.10 0.0792 22.2 31.7 45.0 23.3
豊ヶ丘 TM4 2,650 58.4 1.81 0.730 0.111 0.160 4.8 20.3 37.1 42.6
2,460 38.1 1.94 1.81 0.0220 0.601 11.5 24.3 48.6 27.1
2,320 39.2 7.37 2.48 0.0263 2.80 32.3 19.4 54.4 26.2
豊ヶ丘 TM5 2,390 47.9 9.62 2.48 0.169 0.461 26.6 20.5 60.9 18.6
2,530 36.3 7.53 4.30 0.0768 0.701 34.4 23.5 59.9 16.6
一ノ宮 TM6 780 13.2 5.13 1.66 0.233 0.346 55.8 44.3 52.6 3.1
1,060 16.9 8.15 2.22 0.315 0.507 66.2 41.3 52.6 6.1
879 19.0 9.30 3.11 0.219 0.586 69.6 35.5 58.1 6.4
856 15.7 7.67 2.50 0.217 0.489 69.3 43.7 51.1 5.2
558 11.8 6.15 2.03 0.177 0.359 73.9


図1―24 一ノ宮(TM6)A層の一次鉱物

 土壌の固相、液相、気相の体積割合は三相分布によって示される。本土壌の固相率は三六~四四パーセントと高く、気相率は三~六パーセントできわめて低かった(表1―3)。このような高い固相率と低い気相率は沖積土壌の性質をよく表わしていた。
 土壌の化学的性質の最も重要なものの一つは、酸性度(ピーエッチpH)である。本土壌のpH(H2O)(土壌に対して蒸留水を二・五倍量加えて測定)は五・五~六・〇、pH(KCl)(土壌に対して一M塩化カリウム溶液を二・五倍量加えて測定)は四・七~五・四で、弱酸性であった。pH(H2O)は活酸性、pH(KCl)は潜酸性とよばれ、活酸性と潜酸性の差は一般に〇・五~一・五である。本土壌の活酸性と潜酸性の差は〇・六~〇・八程度で、大きいものではなく、この性質も火山噴出物の影響が少ないことを示している。土壌と蒸留水を一対五の割合で浸出した浸出液の電気伝導度(EC)(水に溶けやすいイオンの総量を示す)は四三~七三μ Scm-1(一cm当りのマイクロジーメンス)で、一般的な沖積土壌の範囲内にあった。全炭素、全窒素で示される有機物含量(腐植含量は全炭素含量に一・七二三を乗じる)は、それぞれ五・三~二三gkg-1(土壌一kg当りの炭素g)、〇・六〇~二・四gkg-1であった。有機物含量は、水稲栽培に対して必ずしも生産力を示す指標とはならないが、本土壌の作土層の窒素含量は、これまでの水稲生産を支えてきた。一〇〇ヘクタールを超えていた多摩川、大栗川低地の水田の水稲生産量については後述する。植物にとって有効な有効態リン酸(トクオーグ法)は〇・四~三二mgPkg-1(土壌一kg当りのリンmg)で、表層に有効態リン酸が多かった。これは水田としての利用が、土壌に酸化と還元を繰り返させ、有効化しやすい形態のリン酸を多量に存在させるようになったとみられる。リン酸吸収係数は、土壌がリン酸をどの程度吸着しうるかの指標となるもので、乾土一〇〇g当たりのリン酸P2O5ミリグラム数で表わす。一般に黒ボク土壌はリン酸を吸着、固定する能力が高く、リン酸吸収係数が一五〇〇mgP2O5(100g)-1以上である。TM6土壌は、下層土でややリン酸吸収係数が高いが、五六〇~一〇六〇mgP2O5(100g)-1で、低い値であった。陽イオン交換容量(CEC)は、土壌が植物の養分となるような陽イオンを吸着、保持しうる能力を乾土一kg当たりのセンチモルチャージで表わす。本土壌の陽イオン交換容量は一二~一九cmol(+)kg-1で、シルト質ないし砂質の土壌としては高い値であった。交換性陽イオン(カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、カリウム(K)、ナトリウム(Na))は、植物の養分であるとともに土壌中のイオン交換反応によって溶液中のイオンと交換し、土壌中のpHを支配している。本土壌の交換性カルシウム、マグネシウム、カリウムおよびナトリウムはそれぞれ五~九、二~三、〇・二~〇・三、〇・三~〇・六cmol(+)kg-1の範囲にあった。沖積土壌の交換性陽イオン含量は、母材の組成に左右されることが多い。多摩川の沖積物に由来するこの土壌は、一部火山噴出物の影響は見られるものの、大部分が長石類、角閃石であり、比較的塩基の供給能力は高い。塩基飽和度(BS)は五六~七四パーセントで、塩基飽和度が高かった。これらの土壌の性質から、土壌の生産力は、中程度であり、東京都農業試験場(一九八二)は生産力可能性等級をⅡ(Ⅱdlf)と表示している。多摩川の沖積地の水が、われわれの手で制御できるようになったのは近世以降であることを考えると、古代人の生活に密接に関連していたのは、谷津(谷戸、谷地)田を中心とした丘陵内のTM1~TM3(図1―21)の土壌であったと推定される。平成二年(一九九〇)においても多摩市内には四ヘクタールの水田に作付け(農林水産省統計調査部一九九二)がなされており、水田として残された貴重な空間を形成している。