天気予知とことわざ

103 ~ 109
お天気に関することわざには「日本のように地形の複雑なところでは場所により天気が著しく違うから、天気予報を参考とし、さらに随時天気に関することわざでその後の天気を予想するほうがよい場合がかなり多い。」(大後美保一九八四)といわれるように、少なからず参考になるものがあると考えられてきた。
 しかしながら昨今、天気予報の充実、環境の変化、老齢化の進行と農業の衰退などから、今ではお天気のことわざを知る人も利用する人もめっきり少なくなった。そこで貴重な農民的遺産が消滅しないうちにと思い、きゅうきょ収集を試みた。
 以下、多摩市内で主に農業を営んでいた二一名の古老から収録した天気俚諺をジャンル別に整理し、なるべく原文に忠実に記載することにした。なお解説については、紙面の都合から比較的多くの人々に知られているものに限った。
 
―太陽、月、星、空に関する天気のことわざ―
飛行機雲がでると次の日は雨が降る(二)
朝日が赤いと天気が悪くなる(三)
夕焼けになると明日は天気が良い(六)
朝焼けは三日ともたぬ(三)
鰯雲夕刻出るのは晴れ
月がかさをかぶると天気が崩れる(五)
三日月が立っていると日照りが続く(二)
星がどんよりと見えるとき雨となる
太陽のかさは必ず天気が変わる
流れ星が見えるときは天気が続く
落日赤きときは天気が続く
朝焼けはその日の降水(二)
朝焼けが黒く消えると下り坂
月が冴えて見えるときは天気が良い
東京の電気が空に明るく映るときは天気が続く
八王子の電気が空に明るく映るときは天気が崩れる
満天雲なきときは三日のうちに雨あり
月がさのなかに星一ケ明日は雨、二ケ二日目に雨
西の空が明るくなれば天気が良くなる
 
 天体に関することわざで気が付くことは、「夕焼けは天気が良くて、朝焼けは崩れる」類いのものが多いことである。日本中にみられる普遍的なことわざとされる。端的にいって夕焼け、朝焼けは一般に空気中の水蒸気の含量が少なく、それだけ日光が長い空気層を横切る場合(波長の長い赤色や黄色だけが残って目に映る)に見られるものであり、いずれも天気が良い場合である。同じ好天なのに両者が分かれるのは、移動性高気圧におおわれはじめたときに見られる夕焼けと、高気圧の中心が東に移動してそろそろ天気も崩れにむかうときにみられる朝焼けのちがいによるものである。
 もう一つ目立つことわざは日がさ、月がさで、いずれも天気の崩れを予測するものである。大後美保氏『前掲書』(以下の解説はすべてこれに準拠する)によれば、日がさ、月がさがみえるときには絹層雲がある証拠だという。この絹層雲は、低気圧の雨域の七〇〇~八〇〇キロメートルくらい前に現われることが多いから、仮に低気圧が時速三〇キロメートルで近づいているとすれば、二三~二七時間後には雨がふりはじめることになる。このことわざは世界的にもよくいわれ、日本では春についで秋に良く見られる現象である。
 
―雨、風などに関する天気のことわざ―
雨の夜上がりは天気が続かない(二)
秋の夜 北の風は晴れとなる
朝雨は女の腕まくり(二)
朝雨は蓑を脱ぐ(二)
雨空の夕焼けは明日好天気になる
北風が吹いてくると天気はよくなる
秋 南風が温かいと天気は崩れる
生温かき風のときは雨となる
東北風は雨を呼ぶ
冬の暖かい風は雪になる
朝の霜が早く解けだすときは天気は悪くなる
朝西風夕東風は天気が続く
朝露は天気になる
風はその日のうちに吹き返す
南風が吹くと暖かくなる
 
 ここでは「朝雨は女の腕まくり」について一言触れて置く。これは女が腕をまくり上げて威張って見ても、すぐにへこたれてしまうように、朝の雨は降ってもすぐに止んでしまうことが多いというのである。一般には晩春から初秋にかけての海岸に近い地方によくみられることである。「朝雨蓑いらず」や「朝雨は蓑を脱ぐ」などと同類のことわざとされる。
 
―季節に関する天気のことわざ―
一・二月降雪なければ晩霜多し
春の雪と歯抜け狼はこわくない
お正月に雨が降るとその年は大水がでる
正月雪多ければその年水不足なし
秋 朝西風の夕東は晴れの日が多い
春夏は東の空が明るいと良く晴れることが多い
秋冬は西の空が晴れていると晴れる日が続く
正月から雪が良く降る年は雪が多い
秋冬にポカポカ風が吹くと天気がかわる
秋の夕焼け鎌を研げ
冬暖かい風が吹くと雨になりやすい
 
―動植物に関することわざ―
ネコが顔を洗って耳をこすると雨が降る(四)
ヘビが木に登ると近いうちに雨が降る(二)
カマキリが巣を下に作ると雪が少ない 上に作ると多い
ツバメが下におりると雨が降る
クモの巣に霧がかかると近いうちに雨が降る
ハチが高い所に巣を作ると大風が少ない 低い所に作ると多い(九)
クモの巣がはっきり見えると天気になる(二)
寒い日に小鳥がふくれていたら雪となる
水面に魚がとびあがると天気がかわる(三)
ネコが草をはむと雨になる
ワタムシが飛ぶときは雪になることが多い
スズメが大騒ぎしていたら明日は雪
ハチが巣を上に作ったら大水になる
クモが巣を片付けていたら雨になる
土手からアリが移動したら大水がでる
アリが行列をしていると雨になる(二)
アマガエルが鳴くと雨
アリや虫類が深くもぐって越冬する年は雪が多い
ユキムシが飛ぶと明日は天気が悪くなる(雪になる)
クモの巣が露で白いと晴れる(三)
カエルの冬籠もり浅い年は暖冬深い年は寒い
カエルが鳴くと雨
ハトが朝鳴くと雨 夕方鳴くと晴れ
カタツムリが木に登ると雨
ケヤキが水をあげると近いうちに雨が降る
落ち葉早ければ雪が早い
落ち葉前に雨が来れば冬中雪が少ない
 動植物に関することわざのうち「ハチが高い所に巣を作ると大風が少ない 低い所に作ると多い」は九例に達し、かなり多くの人々に信じられているようである。しかし長野県中信地方では「ハチが高い所に巣を作るとその年は雨が多い」ということわざが広く知られ、同じ現象でも予知するものは大きく異なっている。ネコで雨を予知することわざも多く、全国に及んでいる。顔を洗うだけでなく「穴を掘ると雨・後足を上に上げると雨・嘔吐すると雨・お尻をなめると雨・騒ぐと雨・終日眠ると雨・地面に寝転ぶときは雨・屋根に登ると雨・糞に土を被せぬ時は雨・顔を洗う時耳以上を洗うと雨」などなど挙げればきりがない。しかし、なかには「ネコが顔を洗い耳より上を撫でるときは明日は晴れ」という反対のものもあり、必ずしも当たるとはいえない(大後美保一九八四)、ことわざの一つであろう。
 
―日常生活に関する天気のことわざ―
土間やコンクリート床が湿っていると雨になる(二)
雨戸を操るとき重ければ雨となる
古傷が痛むときは天気が変わる
障子がきしむと雨が降る
茶碗に御飯粒がよくつくと晴れる 取れやすいと雨(二)
障子紙にしわがあれば天気は下り坂
衣類が湿っぽくなると天気が悪くなる
井戸水が涸れると近いうちに雨
山の沢の清水がとまると近いうちに雨
 
―その他に関する天気のことわざ―
富士山の方から雷がでると大きくなる
秩父のから鳴り
遠くの山が見えているので天気は良くなる
朝虹はその日の洪水
朝の虹は晴れる
夕虹は百日の日照り
ついたちに雨が降るとその月は雨が多い(五)
池沼などから水蒸気が立つときは天気が変わる
高圧線が低く見えるときは雨(雪)となる
夕立は一日降らず
富士山に笹雲がでたら雨
富士山に雲がかかると風が吹く(六)
富士山が笠をかぶると雨が降る
関東山脈に雲がたなびくと天気は変わる
大山に雲がかかると夕立がくる
雷がなると梅雨があける
電車の走る音が軽快に聞こえるときは天気が良くなる
遠くの汽笛が良く聞こえるときは雨になる
朝雨と女の腕まくりは恐れることはない
しけの宵晴れ
四時の雨と四十女の浮気は止まない
卯の時雨に笠持つな
 
 その他に関する天気のことわざでは、比較的理にかなったものが多いが、「ついたちに雨が降るとその月は雨が多い」ということわざには、回答数が他に抜きんでているにもかかわらず科学的根拠は見当たらない。一方、もう一つの良く知られたことわざ「富士山に雲がかかると風が吹く」は、多摩市域に限らず神奈川県や富士山周辺地方で一般にいわれている。富士山に雲がかかるのは、湿った暖かい気流が太平洋側から日本海側に吹き込むときにできるとされている。ちなみに、「山に雲がかかると風になる」ということわざは、全国的にいわれている事柄である。
 
参考文献
大後美保『天気予知ことわざ辞典』東京堂出版 一九八四年

河村武「熊谷市における気温分布の解析」『地理評』三七 一九六四年

気象庁『観測所気象年報』 一九七七~一九八六年

吉良竜夫「温量指数による垂直的な気候帯のわかちかたについて」『寒地農学』二巻二号 一九四八年

鈴木秀夫「日本の気候区分」『地理評』三五 一九六二年

多摩市『多摩市の公害概要』一九八二年

多摩市『大気汚染常時測定室気象測定結果』一九八六年

多摩市『多摩市内大気質調査報告書』一九八六~一九八七年

多摩市『多摩市の環境保全』一九八六年

W. Köppen(1918) Klassifikation der Klimate nach Temperatur, Niederschlag und Jahreslauf. Peterm. Geogr. Mitte. 64

W. Schmidt(1930) Kleinklimatische Aufnahmen durch Temperaturfahrten, Met. Z. 47