岩ノ入の池

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多摩ニュータウン開発前の多摩村時代(昭和三十九年以前)の自然景観については、多摩市の植生概要の項において述べてきたが、多摩丘陵に刻み込まれた数多くの谷戸の奥には、現在の東京都からほとんど姿を消してしまった貴重な植物が多数生育していた。それを象徴的に物語ってくれたのが、現在の永山南公園付近にあたる、多摩村乞田字岩ノ入にあった岩ノ入大池であった。面積約九八〇坪(三二三四平方メートル)で、南、南西方向に二岐し、全体としてV字形を呈し、広々とした沼地となって、ヨシの根が縦横に走り、その上に乗ってチゴザサやヤチカワズスゲ、ゴウソ、オニスゲ、マアザミ(キセルアザミ)などが繁茂していた。池畔の浅瀬にはモウセンゴケやムラサキミミカキグサが群生していた。水深の浅い部分はヨシやサンカクイ、カンガレイ、シズイなどが茂り、ノハナショウブ、ミズチドリ、ミズトンボ、サワギキョウ、オオニガナ、クサレダマ、ヒメナミキ、ヒナザサなどが季節に応じて美しい花を咲かせていた。水源部分は良好なハンノキ林となっていて、その根際にはトキソウやクモキリソウなどが咲いていた。出口付近の湿地にはオグルマやサワヒヨドリ、アゼナルコスゲ、オニスゲ、ゴウソ、コイヌノハナヒゲなどが見られた。谷戸の水田にはサンショウモが多数浮遊し、農道の縁の崖にはオキナグサやホタルカズラなどが咲いていた。また、ハンノキ林の上部斜面においてムラサキも記録された。
 岩ノ入大池の消滅とともに多摩市から姿を消した植物は、ヒツジグサ、ミズオトギリ、モウセンゴケ、ミズユキノシタ、ヒメナミキ、タヌキモ、ムラサキミミカキグサ、サワギキョウ、サワシロギク、オグルマ、マアザミ、オオニガナ、ヒナザサ、ホシナシゴウソ、ヤチカワズスゲ、コシンジュガヤ、コイヌノハナヒゲ、サギスゲ、シズイ、ミズトンボ、ミズチドリ、コバノトンボソウ、トキソウ、カキラン、クモキリソウの二六種にのぼる。また、その他の谷戸の湿地や谷戸田に生育していたもので、現在多摩市から消滅したものとしては、ミズニラ、サンショウモ、アズマツメクサ、ウメバチソウ、ミズハコベ、シソクサ、キクモ、アブノメ、ヒメシオン、アギナシ、ヘラオモダカ、サジオモダカ、ミズオオバコ、ヤナギスブタ、ハリコウガイゼキショウ、エゾノサヤヌカグサ、クログワイ、セイタカハリイ、クロテンツキなどがある。
 丘陵部ではムラサキ、マツムシソウ、ウラハグサ、キキョウが姿を消し、多摩川崖線のイワタバコ、タカオヒゴタイ、キクアザミ、ムギスゲ、屋敷林や藪のふちのアズマイチゲ、田園地帯のオカオグルマが消えて久しい。
 多摩川の河川敷では、河原特有の植物のうちカワラノギク、カワラハハコ、カワラニガナが最近まったく姿を見せていない。
 このほかでは、多摩市と八王子市の境界隣接地にあったミスミソウ(スハマソウ)が、多摩ニュータウン造成で埋没し、東京都最後の生育地が消滅した。
 平成七年(一九九五)現在で多摩市から消滅したと考えられる植物は、じつに七三種にのぼる。