2 狩猟(丘陵を埋め尽くす陥穴(おとしあな))

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 狩猟関係の遺構の代表が陥穴で、けもの道などの道筋や動物の集まる水辺の周囲に沿って、複数が設けられた。丘陵部における実際の発掘では、丘陵の尾根上や緩斜面、谷の凹部の周囲などから発見される。時期は早期後半ごろのものがほとんどである。前期以降も見られるが、数は激減し、丘陵部における社会的画期といっても過言ではない。陥穴の平面形には楕円形、長方形、円形、長楕円形など幾つかの形態があるが、長径一・五メートル、短径一メートル、深さ一メートルほどの規模である。底の底面に小穴のあるものが多く、棒を立てて陥落した獲物に傷を負わせたり、逃げられないようにする構造であったことが確認されている(図4―23・24)。陥穴は多摩丘陵を特徴付ける遺構であり、丘陵を埋め尽くすが如く掘られ、その数は武蔵野台地の比ではない。多摩市内では現在までのところ、約一七〇〇基の陥穴が発見されている。早期後半ごろを中心に、丘陵部が陥穴の狩猟による獣類の資源地であったことを物語るとともに、当時はそれだけ獣影が濃かった証であろう。

図4―23 陥穴


図4―24 陥穴の配置(共に東寺方遺跡)

 多摩市落合棚原のNo.七四〇遺跡では、調査面積二六七一〇平方メートルから四九三基が発見されている。この遺跡ではある型は直線的に並び、別な型はまとまって分布するなど、陥穴の形態と配置法に相関関係が確認された。これなどは狩猟方法の違いとともに、獲物の違いをも物語るものであろう。また、単に陥穴に獲物が落ちるのを待つだけでなく、シシ垣やシカ垣を設けて獲物を導く方法や罠猟なども行われたと推測される。多摩丘陵では陥穴以外の狩猟法を示す遺構は未発見であり、今後の課題であろう。このほか、狩猟に伴う遺物として弓矢があり、多摩市内でも縄文時代の石鏃が多量に出土している。多摩市内ではないが、埋葬されたイヌも貝塚から発見されており、イヌが狩猟に活躍したこともあったであろう。
 多摩丘陵の遺跡から獣骨は出土していないが、他地域の貝塚からの出土例や多摩市連光寺の農林水産省多摩試験地(旧鳥獣実験場)の捕獲鳥獣類から推測すると、丘陵部における狩猟動物類として次の種類があげられる。
 獣類…イノシシ、シカ、サル、タヌキ(ムジナ)、キツネ、アナグマ、イタチ、ネズミ、リス、モグラなど。
 鳥類…マガモ、マガン、ワシ、タカ、トビ、キジ、ヤマドリ、ウズラ、ホオジロ、ツグミ、サギ、スズメなど。

 鳥類の捕獲は他の動物と比べると、貝塚などでの出土例でも種類、量ともに少ない。しかし、千葉市谷津(やつ)貝塚のように鳥類の骨が哺乳類より多量に出土した例もある。各遺跡の立地する環境や猟場によって獲物の種類に多少の違いはあるが、現在でも山鳥や川鳥の豊富な多摩丘陵では、縄文人も鳥も食べたことは間違いない。鳥類の捕獲にあたっては、弓矢とともに網も利用されたであろう。