権門と荘園

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十世紀末には国衙(こくが)による支配が強化され、旧村落の解体と私営田経営の展開とが促されたが、十一世紀半ばになると、国衙政策の転換によって公領の再開発が行われ、水田の開発が本格的に展開するようになった。
 このような状況のもとで私営田領主が一定の領域を支配する領主に転化するためには、領域所有の公的な承認が必要であった。このため、寺社荘園の荘官や、諸国国衙で公領の所職を得ていた在庁官人、あるいは郡郷司が、在地領主化することが多かった。とくに関東などの辺境地方においては、中央の権門による現地支配や、田堵(たと)層(「小名」)による集団寄進がほとんど行われなかったために、在地勢力自身が在庁官人や郡郷司の地位を得たり、辺境軍事貴族と結ぶことによって、在地領主への道を歩むことが多々見られた。
 これらの在地領主は、多くの名田(みょうでん)を領有して名主(みょうしゅ)と称し、領内の農民にこれらを耕作させて、現物地代を徴収していた。在地領主の勢力の強い坂東では、武士化した大規模な領主(「大名(だいみょう)」)が出現し、特に在庁官人や郡郷司は、名田の設定にも国衙から便宜を受け、開発した私領をそのまま国衙に登録して別符名(べっぷみょう)、在庁名(ざいちょうみょう)という名田の領主となった。
 このころ、国衙支配の強化も頂点に達しており、一方では受領の収奪に抵抗した在地勢力が国司の苛政を上訴するという事件が頻発し、また一方では中央の権門が在地の土地を荘園として立券するようになった。在地領主の側からも、開発私領を権門に寄進して、本家・領家と仰ぐことが広く行われるようになった。
 武蔵国の荘園として史料に見えるものは、以下の通りである(表4―23参照)。児玉荘(庄)と児玉氏、稲毛荘(庄)と稲毛氏、横山荘(庄)と横山氏など、開発領主自身は、荘司(しょうじ)・下司(げす)などの荘官となって下地の領有権を公認され、荘園名と同じ名字(みょうじ)を称しているのが通例であった。彼らは、家子(いえのこ)・郎党(ろうどう)を率い、武力を蓄え、互いに離合集散を繰り返して、やがて小武士団を形成することになる。
表4―23 武蔵国の荘園一覧表
郡名 荘園名 所在推定地 領家・本家 初見年 出典
久良郡 師岡保 横浜市
港北区
鶴岡八幡宮領 寿永2年(1183) 『鶴岡八幡宮寺社務職次第』『鶴岡八幡宮文書』
都筑郡 石川牧 横浜市
港北区
皇室領 延長5年(927) 『延喜式』『小野宮年中行事』『北山抄』『西宮記』『政事要略』『本朝世紀』
立野牧 横浜市
港北区
皇室領 延喜9年(909) 『延喜式』『小野宮年中行事』『北山抄』『西宮記』『政事要略』『本朝世紀』
多磨郡 小野牧 多摩市 皇室領 延喜17年(917) 『日本紀略』『西宮記』『政事要略』『北山抄』『拾芥抄』
小川牧 あきる野市 皇室領 延長5年(927) 『延喜式』『小野宮年中行事』『北山抄』『西宮記』『政事要略』『本朝世紀』
由比牧 八王子市 皇室領 延長5年(927) 『延喜式』『小野宮年中行事』『北山抄』『西宮記』『政事要略』『本朝世紀』
船木田庄 八王子市 皇嘉門院領・宜秋門院領・九条家領・摂関家領・東福寺領 仁平4年(1154) 『八王子白山神社経塚出土如法経奥書』『八王子市中山出土紙本経』『中右記部類記裏文書』『高幡高麗文書』『九条家文書』『東福寺文書』『尊経閣武家手鏡』
船木田本庄 九条家領・摂関家領・宜秋門院領・東福寺領・大乗院領 治承4年(1180) 『中右記部類記裏文書』『九条家文書』『東福寺文書』『高幡高麗文書』
船木田新庄 九条家領・一条家領・摂関家領・東福寺領・皇嘉門院領 治承4年(1180) 『九条家文書』『尊経閣武家手鏡』『東福寺文書』
弓削庄 青梅市 右大臣藤原良相領・貞観寺領 貞観14年(872) 『仁和寺文書』
橘樹郡 稲毛庄 川崎市 皇嘉門院領・九条家領・摂関家領・大乗院領 長寛2年(1164) 『九条家文書』『中右記部類記裏文書』『華頂要略』『古文書集』『本郷文書』『金沢文庫文書』『那智大社文書』『津久井光明寺文書』『三浦和田文書』
稲毛本庄 皇嘉門院領・九条家領・摂関家領・大乗院領 承安元年(1171) 『九条家文書』『中右記部類記裏文書』『太平記』『小田原記』『小田原役帳』『岩松文書』
稲毛新庄 九条家領 治承4年(1180) 『九条家文書』『岩松文書』『津久井光明寺文書』『三浦和田文書』
丸子庄 川崎市
中原区
承鎮法親王領・護良親王領・円覚寺領 治承4年(1180) 『吾妻鏡』『三千院文書』『円覚寺文書』
豊島郡 飯倉御厨 東京都
港区
伊勢神宮領(内宮領・外宮領) 寿永3年(1184) 『吾妻鏡』『神鳳鈔』『神宮雑書神領注文』
神崎牛牧 東京都
新宿区
兵部省官牧 延長5年(927) 『延喜式』
入間郡 榛原庄 狭山市 西大寺領 宝亀11年(780) 『西大寺資財流記帳』
広瀬庄 狭山市 右大臣藤原良相領・貞観寺領 貞観14年(872) 『仁和寺文書』
高麗郡 山本庄 入間郡
毛呂山町
右大臣藤原良相領・貞観寺領 貞観14年(872) 『仁和寺文書』
埼玉郡 大河土
御厨
北葛飾郡
松伏町
伊勢神宮領(内宮領・外宮領) 寿永3年(1184) 『吾妻鏡』『兼仲卿記』『兼仲卿記裏文書』『神領目録』『神鳳鈔』『神宮文庫文書』
児玉郡 児玉庄 児玉郡
児玉町
安元元年(1175) 『玉葉』『武蔵七党系図』
阿久原牧 児玉郡
神泉村
朱雀院領・皇室領 承平3年(933) 『政事要略』
檜前馬牧 児玉郡
美里町
兵部省官牧 延長5年(927) 『延喜式』
秩父郡 秩父牧 秩父郡
長瀞町
朱雀院領・皇室領 延喜3年(903) 『西宮記』『政事要略』『北山抄』『拾芥抄』『九暦』『貞信公記』
石田牧 秩父郡
長瀞町
皇室領 承平3年(933) 『政事要略』