鳥獣被害と御猟場村民

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明治二十年(一八八七)七月には、表1―6―6のように御猟場区域は拡張された。また、翌年四月には、御猟場掛の事務を引き継ぎ、御猟場管理部局として、専門スタッフを充実させた主猟局が宮内省に設置され、監守長以下はそのままこの局の職員となった(富沢政宏家文書)。こうして、御猟場区域が拡張され、宮内省専管体制が強化されるに従い、鳥獣被害も拡大していくことになった。
表1―6―6 連光寺村御猟場指定村々耕宅地・山林面積の変遷
(明治15~41年)
区画 村名 明治15年
(1882)6月
明治20年
(1887)
村名 明治25年
(1892)11月
明治41
(1908)3月
町 歩 町 歩 町 歩 町 歩
第一区 連光寺村 396.8902 396.8902 多摩村 396.8902 396.8902
関戸村 68.9800 92.6728 92.4710 103.2103
一ノ宮村 24.1529 24.1529 24.1529 24.2926
東寺方村 (未指定) 24.4811 23.9117 24.9226
小計 490.0301 538.2110 537.4328 549.3227
第二区 乞田村 120.1303 135.1526 134.9310 135.8505
貝取村 157.4016 195.0402 194.8405 194.1610
落川新田 (未指定) 15.3800 15.3008 15.3828
黒川村 75.0607 75.0607 柿生村 (9月指定解除)
小計 352.5926 420.6405 345.0723 345.4013
第三区 大丸村 106.8709 206.8709 稲城村 (9月指定解除)
東長沼村 19.2426 19.2423 (9月指定解除)
百村 72.5200 72.5200 (9月指定解除)
坂浜村 171.8700 171.8700 (9月指定解除)
小計 370.5105 470.5102 0.0000 0.0000
総計面積 1213.1402 1429.2825 882.5121 894.7310
富沢政宏家文書の御猟場関係資料より作成。
注)区画は、明治16年に設定されたとみられるが、便宜上、明治15年6月の欄でも示した。

 御猟場指定により、一般村民は自主的に有害鳥獣を駆除することを禁止された。指定の二年後から、御猟場取締長から宮内省に対して行われる毎年定例の「御猟場景況報告」において鳥獣類による農作物被害の報告がなされるようになった(一編三章四節)。明治二十年(一八八七)三月に至ると、御猟場区域内を巡視している監守五人から、監守長の富沢政恕に対する景況上申には、非常に兎が繁殖し、人家宅地田畑にまで兎が出没するようになり、畑の麦苗を食い荒らし、耕作主が困窮していることが記されている。さらに監守たちは、夏になれば、兎が諸作物を一層食い荒らすことが想定されることから、その時期に、人民から苦情が出るおそれがあるとの所見も記している。
 区域民から天皇の御猟場指定に対し苦情が出ることは、天皇権威にも関わることであった。この報告によって、事態を重くみた宮内省は、明治二十一年十二月、そうした苦情を押さえるために、事実上、農民に対する鳥獣害賠償の意味を込めて、翌年より年間「下賜金」総額四〇円を土地所有者に渡すことにした。配当率は、耕地と山林原野に分類され、耕地はおよそ反別四厘三毛、山林原野はおよそ反別二厘一毛の配当と決定された。各村別の下賜金(手当金)配当は表1―6―7のごとくである。
表1―6―7 連光寺村御猟場村々下賜金(手当金)の変遷(明治22~37年)
村名 御猟場区画 旧村名/区名 明治22年 明治23年 明治25年 明治26~37年
多摩村 第一区 連光寺 11円1銭7厘 10円87銭7厘 22円89銭3厘 27円19銭3厘
関戸 2円49銭3厘 2円46銭2厘 5円18銭2厘 6円15銭5厘
一ノ宮 66銭5厘 65銭7厘 1円38銭3厘 1円64銭3厘
東寺方 71銭2厘 70銭3厘 1円48銭 1円75銭8厘
第二区 乞田 4円7銭1厘 4円1銭9厘 8円45銭9厘 10円4銭8厘
貝取 5円32銭 5円25銭3厘 11円5銭7厘 13円13銭3厘
落川新田 54銭 53銭3厘 1円12銭2厘 1円33銭3厘
村別小計 24円81銭8厘 24円50銭4厘 51円57銭6厘 61円26銭3厘
柿生村 黒川 2円32銭4厘 ×
村別小計 2円32銭4厘 2円80銭 ×
稲城村 第三区 大丸 5円4銭 ×
東長沼 20銭 ×
百村 2円21銭8厘 ×
坂浜 5円40銭 ×
村別小計 12円85銭8厘 12円69銭6厘 9円43銭 ×
総合計 40円 40円 61円26銭3厘
「連光寺村御猟場下賜金配当表」、「連光寺村御猟場ニ関スル諸書類綴」(富沢政宏家文書)より作成。
注)×…指定解除のため、手当金配当なし。―…不明。

 これにより、ひとまず一般村民の苦情はおさえられたようだが、わずかな下賜金で被害のすべてが補償されるわけではなかった。その翌年三月には、土地所有者総代が連署をもって、田畑作物や山林被害の増大状況を記し、農民に被害を及ぼす鳥獣を対象に狩猟を実施してくれるよう、宮内省に上申してほしいと、監守長宛と思われる願いが出ている。このような状況にあって、表立っては願いを出さなかったものの、御猟場指定解除を希望するものが多かったと思われる。