衆議院議員選挙

798 ~ 799
戦後、三多摩地方では、国政選挙において自民党と社会党が議席を分け合っていた。自由党・民主党そして昭和三十年(一九五五)には自民党となる保守陣営は、並木芳雄、福田篤泰、栗山長次郎、津雲国利、細田義安らが、常に議席を獲得し続けた。社会党も、常に安定した得票を獲得し、山花秀雄、中村高一、長谷川正三らの議員を当選させていた。山花秀雄は、昭和二十二年(一九四七)に当選したが、昭和二十四年には落選した。その後、昭和二十七年(一九五二)から昭和四十二年(一九六七)まで連続当選した。中村高一は、昭和二十一年(一九四六)に当選したが、翌二十二年と二十四年は、公職追放のため出馬しなかった。昭和二十七年(一九五二)から昭和三十八年(一九六三)まで、連続当選した。長谷川正三は昭和三十八年(一九六三)から当選している。三多摩地方は社会党の有力基盤であったが、多摩村においても、他の市町村と同様の傾向を示していた。表2―4―3をみると昭和二十年代、三十年代に社会党系の得票が伸び続けていたことがわかる。
表2-4-3 総選挙における多摩村・町・市での主要政党得票数
自民系 社会系 民社党 公明党 共産党
昭和22年 1430 675 117
昭和24年 1407 576 366
昭和27年 2146 695
昭和28年 1921 1016
昭和30年 1742 1147 57
昭和33年 1940 1283 59
昭和35年 1697 1330 232 111
昭和38年 1823 1566 263 235
昭和42年 2471 2813 820 924 703
昭和44年 3215 1940 1245 1243 1348
昭和47年 8005 6887 2420 2955 4410
多摩市選挙管理委員会『選挙の記録』より作成。
注)昭和22年の自民系は民主党と自由党の計。昭和24年の自民系は民主党と民自党の計、社会系は社会党と労働者農民党の計。昭和27年と28年の自民系は自由党と改新党の計、社会系は社会党右派と社会党左派の計。昭和30年の自民系は自由党と民主党の計、社会系は社会党右派、社会党左派、労働者農民党の計。

 共産党は、昭和二十四年(一九四九)の選挙では二人の社会党現職議員が落選したとき、土橋一吉が当選した。しかし、その後約二十年間、低迷した。候補者を出せない時もあった。共産党の得票の伸びが顕著となるのは、昭和三十五年(一九六〇)以降のことである。