多摩市制十五周年の記念事業として企画された『多摩市史』は、昭和六十一年の多摩市史編さん委員会の設置、同編集委員会の発足以来、市民の皆様の御協力と関係者各位の御尽力により、すでに「資料編」四冊を刊行したほか、基礎資料を『多摩市史叢書』十一冊にまとめてきた。さらに年報『ふるさと多摩』を編集して、多摩市域の自然・歴史・民俗にかかわる論考、資料の紹介、市民の方々からのメッセージ等を掲載し、学術的に高度であるとともに親しめる市史の編集を心がけてきた。
民俗とは、地域や集団のなかで、長年にわたって多くの人々の間に伝承されてきた行為や技術、観念、知識、言語のことであるが、それらは伝承されているときにはあまりにも当たりまえのことと思われて、ことさら記録にとどめようとする気持になりがたいものである。しかし、記録された資料は少ないとはいえ、民俗は各時代各地域の基層文化として、常に重要な意味を持っていたはずである。幸いに民俗は、伝承の特徴として、現在の民俗であっても、幾百年あるいは千年以上も前の伝承を内包している可能性がある。そのことを一つひとつの伝承について実証するのは困難であるが、いろいろな時代の動きを考えるうえで示唆を与えてくれるものと信ずる。あるいは、現代の民俗に古くからの伝承を期待しないとしても、近・現代の多摩市域の人々の生活を理解するには欠かせない資料である。相互に関連しあって生きている民俗事象は、市域の人々の倫理観や死生観、自然観を知りうる得がたい資料といえよう。これらが、『多摩市史』の一巻に「民俗編」が加えられた理由である。
昭和三十年代なかば以降顕著になりはじめたわが国の高度経済成長、さらには昭和四十年代に入って実施に移された多摩ニュータウン事業によって、多摩市域の民俗は大きく変容を迫られることになった。しかしわれわれは、新しいものを追い求めるのに急なあまり、長年伝承されてきたもののなかの価値ある面を見失ってはならない。いまここにお届けする「民俗編」が、市域に何代にもわたって生活してこられた方々にも、近年移り住んでこられた方々にも、ともに愛する多摩市の豊かな民俗世界をふりかえり、現在の日々を再認識するうえでお役にたつことができれば、幸甚である。
末尾ながら、本書の刊行にあたり、貴重な資料を御提供くださった市民の皆様、関係諸機関・諸団体各位をはじめ、調査・執筆を担当された編集委員・専門調査員・調査補助員諸氏、および市史編さん室の方々に、心より感謝の意を表する次第である。
平成九年三月
多摩市史監修者 福田榮次郎