本書は全九章から成りたっている。すでに述べたように、民俗は図1に示すような、人―人、人―自然、人―神(超人間・超自然的存在)の間に繰り広げられる伝承的営みであるから、本書の構成もその諸関係を念頭においてなされている。
第二章の「地域のしくみと人の交わり」では、多摩市という範域で展開されている地縁・血縁に基づくさまざまな人間関係を述べようとしている。これは図1に即していえば、主として人―人の関係ではあるが、それは祭礼や諸行事を通して結ばれるものも少なくなく、人―人―神の関係とみなされるものもある。
第三章の「環境と生産」と第四章の「衣 食 住」は、人がいかなる方法で自然に働きかけて生活の糧を得、それをいかにして直接に生命の維持に役立てているかにかかわるもので、換言すれば生産活動と消費行動の民俗ということができよう。もちろんそこには人々の協力や神との交歓もみられるが、基本は人―自然の関係だといえる。
第五章の「信仰と祭り」と第六章の「年中行事」は、人―神を主軸にした民俗である。人と神との関係とはいっても個人の特異な信仰心意を扱うわけではないから、ここで扱う祭りや年中行事は家族をはじめとするさまざまな集団の共同祭祀の形態がとられており、そこに人―人の関係が強くからまりあっていることはいうまでもない。また神との交わりには献饌や共同飲食を不可欠とするから、第四章に述べる食の民俗とも深いかかわりをもっている。
第七章の「誕生から死まで」は、人の生き方や、成育・成熟の過程で執り行われる諸儀礼を述べるものである。死の儀礼が神と総称される霊的存在と深くかかわっているのはもちろん、生後間もない不安定なころの儀礼(例えば宮参り)をはじめ成育・成熟にかかわる諸儀礼も人―神の関係である。と同時に、人々の生き方が地域社会の倫理観に支配されていたり、成育・成熟の諸儀礼に際して常に当人に社会的承認が与えられることから、人―人の関係も強い。したがってこの章は、人―神の関係を背景にした人―人のかかわりの民俗だということができる。
第八章の「ことばの民俗と芸能」のことばは、人間生活すべてにかかわるし、芸能は本来神との交歓を目的に演じられてきた。したがって、ことばと芸能は第二章から第七章までに解消することが可能な内容であり、事実それらの章でことばや芸能に触れた部分も多いが、その中で特に文芸性が認められるものをこの第八章にまとめてみたわけである。
さて、第九章の「多摩ニュータウンと民俗」は、第八章までとはやや趣きを異にしている。多摩市域は、昭和三十年代までは、多摩丘陵の一角に広がり、周辺の市町村と比べてみて特色の少ない平凡な地域であった。しかし、昭和三十年代後半に入って多摩ニュータウン構想が徐々に実現の運びとなり、景観・住民構成・生業等あらゆる面で大きな変化に直面することになった。つづく昭和四十年代は日本の高度経済成長が完成期に向かう時期で、その影響をうけて日本全国の民俗がかつてない急激な変容を余儀なくされたが、多摩市域は、大都市東京の近郊地域として多数の新たな住民がニュータウン部分もしくはその周辺部に定住したため、民俗の変容は特に顕著であった。個々の実態については第二章から第八章までに触れるようにはなっているが、第九章ではそれらを統合して、民俗の変容と新たな民俗の創出の芽について述べ、新住民が多数を占める地域における伝承の諸様相を分析することになっている。