刈る時期は品種や田の条件により異なる。早稲と晩稲とでは成長が花掛け水で半月ほどの差であるが、稔るのは一か月ほどの差となる。晩稲はいつまでも茎が青く、黄色く色付くのは遅く当り外れがあった。早稲は十月十日ころ、中稲は二十日ころ、晩稲は十一月初めころが稲刈りの目安であった。谷戸田は平均して色付くのが遅く、平地の田が色付いてもまだ青かった。どの田から刈るかは田の色を見て決めるという。見るのは稲穂と茎の色である。刈り取りは家族総出で、小学生も高学年になると田の端などを刈らせた。刈り方は一枚の田の畔の長い方から五サクずつ刈って行く。刈り残した株が高いとズイ虫が入り越冬しやすいので、なるべく根もとから刈り取った。
湿田では刈り取った稲穂を濡らさぬようにする必要があり、小さな田舟を使った家もあるが、多くの家では六尺程の葉付きの枝を五~六本束ねて扇形に広げ、刈っては載せて三十把程載ると田から曳き出していた。また、古い籠を田へ置き一〇把ずつ載せて運ぶ家もあった。乾田では、刈り取った稲株を地へ寝かせ、そのまま干した。これをカッポシ(刈干し)といい、三日ほど干した。
脱穀・調整については、第三節の「二毛作田の稲作」の項で記述した。