蚕の卵は種(たね)と呼ばれ、昭和初期までは、その種を生み付けた種紙を蚕の種屋から買っていた。自分の家で蚕の種を取ろうとしても、蚕の蛹(さなぎ)に蜂の蛆(うじ)がわいたりして思うように種は取れぬので、品質に信頼のある種屋に頼ったのだという。当時は乞田地区と落合地区にも種屋があったが日野や高幡、立川、昭島の種屋からも多くの種紙が来ていた。種屋は繭から蛾をかえらせて、卵を生ませて売るのが商売で、種取り用の蚕を専門に飼う数軒の農家と契約していた。その契約は、まわりに蚕を飼う家がなく蚕の病気が移る心配の少ない農家を選んでいた。
種紙は縦四〇センチ、横三〇センチほどの厚紙を升目に仕切り、それぞれに置いた丸い筒中で産卵させたものである。二〇貫目の繭を取るとすると、この種紙が三枚ほど必要であった。種屋は農家の注文をとって、種紙を届けていた。
昭和十年代からは、八王子の片倉製糸や青梅の府是(ふぜ)製糸から種紙が来るようになり、村単位にあった養蚕組合で注文するようになった。製糸会社から来るようになると、一枚に一〇グラムの種が一面に付いた種紙に変わった。