鎮守と氏子組織

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上 昭和50年代の和田地蔵堂。現在は建て直してある。10月23日にはお籠りがあって、上和田講中の女性が集まり念仏をする。


下 本尊の地蔵尊(70cm)と閻魔像、十王像。本尊は盗難にあい、現在はない。
(眞藤彌一氏提供)

多摩市内には大小さまざまな神社が祀られている。江戸時代には、村では鎮守の氏神が祀られ、村人は必然的に氏子とされ、土地とともに鎮守神の守護を受けるものとされてきた。
 この伝統は明治になっても受け継がれ、そして現在でも、近世の村の範囲である大字を単位として鎮守の祭祀が行われている場合が多い。表5-1は、多摩市内にあるさまざまな神社を地域ごとに一覧したものである。地域における神社の祀り方は、地域の事情によりさまざまな形がある。
表5-1 市域の各地区で祀られている神社一覧
(ただし、本殿合祀および境内末社は除く)
地区名 江戸時代の村で祀られる鎮守神社 村全体で祀られる鎮守神社以外の神社 講中、または現在の自治会相当の組織で祀られる神社 その他の神社
関戸 熊野神社 九頭龍神社
金比羅宮
連光寺
(本村)
春日神社 若宮八幡神社
神明社
連光寺
(馬引沢)
諏訪神社
連光寺
(東部)
白山神社 八坂神社
東寺方 山神社
貝取 昭和二十三年まで乞田八幡神社の氏子、その後分離 貝取神社(貝取講中)
御嶽神社(瓜生講中)
乞田 八幡神社
和田
(百草)
十二神社 山王神社(関戸並木講中) 天王森(中和田の柚木一族)
愛宕神社 並木稲荷社(並木自治会) 琴平神社(真言宗高蔵院)
百草八幡神社(日野市百草、平成五年を最後に脱会) 中和田天神社(中和田自治会)
恋路稲荷社(百草講中草分八軒)
落合 白山神社 天満社(青木葉講中)
八坂神社(下落合自治会)
唐木田稲荷社(唐木田講中)
秋葉神社(山王下・中組・唐木田講中)
中組稲荷社(中組講中)
中沢神明社(中組・山王下講中)
瘡守稲荷社(山王下講中)
一ノ宮 小野神社 堰(咳)宮
南野 小野神社(町田市小野路) 浅間神社(平久保・荻久保・一本杉講中=以上は多摩市、大向・中尾講中=以上は町田市)
大六天社(平久保・荻久保講中)
愛宕神社(小野路分瓜生講中)
※南野の中の平久保・荻久保・一本杉・小野路分瓜生は、昭和四十八年に町田市から多摩市に編入になったが、鎮守神社その他の祭祀関係は旧来のままとなっている。
※和田地区の百草は、百草本村(現在の日野市)からの飛び地であるが、草分け八軒のみは本村の鎮守社の氏子として、平成五年まで祭祀に関わってきたことを示している。


図5-1 多摩市の神社

 市内の大部分の地域では一地区に一鎮守であるが、和田地区は江戸時代に上和田(あげわだ)と中和田の二村に分かれていた時期のあった名残りからか、一地区に二つの鎮守がある。
 一方、連光寺(れんこうじ)地区は本村(ほんむら)と東部と馬引沢(まひきざわ)の三つの小字の位置が離れているため三地区それぞれが鎮守を祀っている。乞田地区と貝取(かいどり)地区は戦前まで二地区で乞田(こった)八幡神社を共通の鎮守としてきたが、戦後は貝取地区が分離し、乞田地区は一地区一鎮守の形となった。表でも分かるように、村の中を細区分した講中でも鎮守神以外に講中の神が祀られる場合もあり、祖先を同じくする一族(同族)が一族の守護神を祀る、といった例もある。貝取地区は旧来からの講中で祀ってきた貝取神社と御嶽(みたけ)神社を鎮守の代わりに祀っている。このほか、和田地区や落合地区などが鎮守のほかに、講中持ちの神社を数多く祀っている。
 ところで、多摩市域では多摩ニュータウンの入居が本格化する昭和四十年代後半から人口が急増した。かつて在来の家の人がほとんどであった多摩村の時代には住民のすべては氏子であり、各地区と神社は一体であった。しかし、急増した新住民の間で鎮守神社に対する意識のずれは大きく、住民がそのまま氏子という考え方は成立ちにくくなった。これを解決する方法として、地域の神社の祭りと運営に意識的に関わる人々の明確な組織化が求められ、ここに氏子会、崇敬会、奉賛会、協力会といった名称で、神社行事を積極的に維持、支援する人々が再編成されることになった。もっとも、再編成された氏子組織を神社ごとにみてみると、その構成員は圧倒的に旧住民によって占められており、その主体は旧来の氏子組織を基盤としていることが指摘できる。ただし、氏子組織における旧住民と新住民の関係は地域によってさまざまである。
 多摩市域の中には近世の村がそのまま発展した地域と、在来家は居住するものの区画整理によって全く新しい街に姿を変えた地域とがある。前者の地域では新住民も在来家に先導される形で徐々に氏子組織に参加したり、神社行事への参加が促されている場合が多い。一方、後者の新たに開発された新興住宅地域に居住する新住民は、氏子組織とは全くの没交渉のままの場合が多くなっている。
 いま一つ、多摩市内の鎮守と自治会の関わりを見てみると、近世の村を母胎として成立した自治会のほとんどは、鎮守の祭礼にさいして年番を出したり、自治会費から祭典費を拠出しており、神社祭祀が地域自治会に継承されていることを見て取ることができる。その一方、新興の自治会や住宅管理組合の神社との関わりが希薄なままとなっている。