祭神は、小野篁(おののたかむら)と天下春命(あめのしたはるのみこと)である。
小野神社(町田市小野路)は、近世村を引き継いだ小野路村を氏子範囲とする。小野路地区は昭和四十八年十二月にその一部を町田市から多摩市に編入したため、現在二つの市域に氏子が分散している。しかし、氏子範囲に変化があったわけではなく、町田市域の小野路の小字の五反田・新屋敷・台・谷戸・向酒・下宿・中宿・上宿・大向・下堤・別所・中尾と多摩市域の小字の荻久保・平久保(びりくぼ)・一本杉・瓜生(うりゅう)の在来家を中心とした三〇三戸を氏子としている(昭和六十三年時点)。神社には規約に基づく氏子組織はないが、慣例的に在来家は氏子となり、毎年祭礼前に二〇〇〇円(平成八年)の祭典費が徴収されている。
氏子範囲は上記の小字(下堤は上・下、別所は上・中・下、中尾と荻久保は合同)を単位として一八に区分され、それぞれの小字ごとに一名ずつ一八名の総代が選出されている。当社の境内の清掃はこの一八地区が月替わりに順番に担当することになっている。
当社の祭礼には、氏子が三年に一度は必ずなんらかの役を担う大祭年番が割り当てられる。大祭年番は小字によって三年に一度ずつ全員が合同して年番になるところもあれば、所属の氏子を三区分し三分の一ずつ毎年当てる小字もある。なお、小字ごとの大祭年番の中からは、年番長が一名ずつ選ばれる仕組みとなっている。このほか新規に氏子の仲間に入った二九戸の移住者がおり、これらの新加入者は、各小字に所属はするものの大祭年番になることは免除されている。
当社の祭礼は九月十三日と定められている。前夜に社務所で地元の囃子連が祭り囃子を奉納するのを慣例としている。本祭りは神主を招き、総代と年番長および各種地域団体(自治会・老人会・消防団など)が中心となって神事を行い、その後参列者一同で直会となる。
当社の年ごとの祭典における規模や内容は、ほぼ大祭の一月前の総代と年番長の会合にて決定されるが、余興や神輿渡御があると年番の仕事は一挙に増大する。ちなみに昭和六十三年ころに古い神輿に代わって新調した神輿の渡御は、平成六年より担ぎ手不足のため中断したままとなっている。