秋葉講

450 ~ 451
火伏せの神と知られている静岡県周智郡春野町の秋葉神社を信仰する講である。関戸地区、落合地区中組・唐木田、和田地区百草、一ノ宮地区に秋葉神社の小祠や灯籠が祀られているところから、市内での秋葉信仰の存在は確認できるが、同信者を募った講とし代参をしたか否かについては不明である。以下事例を列挙する。
〈関戸地区〉旧鎌倉街道沿いに秋葉灯籠が建ち、銘文は「(正面)奉献灯 華宮 (裏面)東海 寛政六□巳 霜月吉祥□□ (側面)三種火難消除 瞋恙火裳帰火 世間火鎮誠収 (側面)一心頂来万徳円満 釈迦如来真身舎利 □入圓寂平等大智□□□□」とある。明和年間に村内の大半が焼ける大火事があったとの伝承がある。戦前まで、常夜灯に火をいれる道具を納めた口箱(くちばこ)が家ごとに回り、それを受け取った当番が毎夜火を灯した、という。
〈落合地区〉小字の山王下・中組・唐木田の三講中共同で狐の祟りに因む秋葉神社を祀る(第一節参照)。唐木田稲荷社の境内に秋葉山供養の常夜灯が建つ。銘文は「秋葉大権現 寛政十一未九月吉日 施主 横倉与兵衛」とする。中組の峰岸房次郎の「萬年中日記控帳」の大正二年二月十三日に「秋葉日待中沢下ニ有」、同三年二月十七日に秋葉山日待」と記述される。
〈和田地区〉百草の恋路稲荷社の社殿内に秋葉神社が合祀されている。
〈一ノ宮地区〉鎮守の小野神社境内に秋葉神社が末社としてまつられる。
〈小野路地区〉「秋葉山氏子」と刻書された番帖(ばんちょう)と呼ぶ高札型の木札が一晩ごとに小野路中に回され、家に来ると神棚に上げて灯明を灯し、家によって蕎麦・ぼた餅・ご飯を供えた。次の日になると隣に回した。戦前まで秋葉講の代参と日待ちがあったという。