日曜日を休日とする慣習は、多摩市域一般では昭和二十年代以降のことである。昭和の初めころまでは一日と十五日をモノビとよび、農家の休養日になっていた。田植え、麦刈り、養蚕に忙しい六月から七月にかけては、一日、十五日さえ休めないこともあり、この時期には雨が降ったときに「雨降り正月」と称する農休みがあった。このような場合は、イイツギ(言い継ぎ)が出て、集落いっせいに休むのであって、自分の家だけ田畑に仕事に出るということは許されなかった。
年中行事の日は、「雨降り正月」のようなイイツギによる農休みではなく、各家の仕事の都合にあわせ、午前は仕事をして午後から休むこともあった。
年中行事の中でも、もっとも儀礼が多く、準備することが多かったのが正月である。次いで盆が多く、そのほかの行事はこの二つに比べるとはるかに規模は小さかった。