三月節供

525 ~ 526
女子が生まれた家では、初節供を祝う。嫁の実家からは、一組の内裏雛などが贈られ、親戚からも人形が届けられる。人形は、早く飾って早くしまうものだといわれ、一か月くらい前から飾り、節供が終わるとすぐに片付けた。いつまでも飾っておくと嫁に行き遅れるといわれている。
 二月の末に、餅をつき、色粉を加えて、赤、緑、白の三色にし、菱形に切って菱餅を作った。雛人形の前に、菱餅や白酒を供え、また、親戚にお返しとして、菱餅に蛤、白酒を添えて届けた。
 結婚して初めての三月節供は、嫁が里帰りする日でもあった。三月一日前後に餅をつき、紅白の菱餅を作った。これを嫁の餅といい、三日までに、菱餅に蛤三個を添えて、仲人や親戚、クミアイの家に配った。嫁は、菱餅と蛤を持って里帰りし、また、菱餅と蛤を土産に持って婚家へ帰った。菱餅ばかりでなく、保存用の餅もつく。これは、粟の餅にすることが多かった。粟餅は、あられに切り、茣蓙の上に拡げて乾燥させ保存した。これは、田植えころから夏にかけてお茶うけにした。