古い記録

551 ~ 551

昭和30年ごろの米寿の祝い。うしろの鳥居は白山神社。落合地区の白山神社は多摩ニュータウン開発のため昭和58年に新しいものに建てかえられた。
(峯岸虎夫氏提供)

江戸時代には、どのような人生儀礼が人の一生のうちに行われていたのであろうか。それは、今日まで保存されてきた記録類からうかがうことができる。旧家に残されてきた古文書のなかには、その家で行われたさまざまなお祝いや葬儀などの際の金銭や物品の出入りを記録した書類が残されている。これは、つき合いにおいて義理を欠くことのないようにするためや、後に行う儀礼の参考にするなどの目的を持って記録されたものであり、ここから必ずしも行事の具体的な内容まで知ることはできない。しかし、今日まで人々の間に伝承されてきた儀礼の内容と比較してみると、あるていどは理解することが可能であり、また、今日まで連綿と伝わっている民俗を確認することもできる。
 では、乞田(こった)地区のA家の、今からおよそ二〇〇年ほど前の記録から人の一生にかかわる儀礼について考えてみよう。ここで紹介するのは村役人クラスの家であるから、当時どの家でも同様な規模で行われていたわけではないと思われるが、一般の家々で行われてきた人生儀礼と共通する部分も多く、参考となる。