口承文芸は、文字ではなく、口から耳へと伝えられてきた文芸をいう。命名、新語、新文句形成、諺(ことわざ)、謎、唱え言、童(わらべ)言葉、民謡、語り物、昔話、伝説、世間話などが含まれている。このような分野の調査報告としては昭和六十三年度、平成元年度の調査をまとめた『多摩市の民俗(口承文芸)』がある。また、『多摩町誌』には、「民話」の項に三本松、五兵衛、厳耕地(げんごうじ)の怒り井戸の三話が掲載されており、ほかに「芸能」「俚諺(りげん)」「子どもの遊び」の項に若干の記述がみられる。
『多摩市の民俗(口承文芸)』や本章でいう昔話は、民俗学の口承文芸の一分野としての昔話である。つまり、「昔あった話」がすべて昔話に分類されるわけではない。昔話がよく「昔々あるところに」からはじまるように、昔話は架空の話であって、特定の年代、場所、人物に結びつく話ではなく、さらに詳しく述べれば、次のような特徴をあげることができる。
第一には、昔話は話すものではなく、語るものであるということである。優れた語り手は、語りに自分のリズムを持っており、何度語っても、常に同じ語り口で語ることができるのである。これは、歌を歌うことと共通するところがあって、歌を歌うときに、急に調子を変えたり、途中だけを歌ったりするのはむずかしいことと似ているといえよう。
次に、整った形式を持っていることがあげられる。語り始めと語り終わりには定形句があり、たとえば現在でも昔話がゆたかに伝えられている地方では「昔々あるところに」から始まって、「えちごさかえた」で終わるという形式がきちんと残されている。さらに、そのような地方では、聞き手も、また、間合いをはかって相づちを打つのが聞く礼儀であるとされており、語り手と聞き手が一体となって語りの世界が作り上げられるのである。このような昔話には、共通の型がみとめられ、型によって昔話を分類したものに柳田国男による『日本昔話名彙(めいい)』や関敬吾による『日本昔話大成』がある。
このような典型的な昔話の特徴と照らし合わせ、現在の多摩市域に昔話が伝承されているかどうかというと答えるのはたいへんむずかしい。