子供と一緒に寝て「ムルちゅうものほどおっかねえもんはない」と話して「おっかねえから寝ろよ」と寝かしつけた。そして雨が降ってくると家が(茅葺きなので)いくらかむる(雨漏りがすること)。「ほらムルが来た」って。「だから早く寝ろ」って。
(一部略、落合地区座談会)
うちん中から外へ出るのに、狼が外にいるんだ。おっかなくって出らんねえんだけど、出なきゃしょうがねえから。しょうがねえから、おしっこが出るんだよ。おしっこが出るんだから「ブル(おしっこが出たくて震えること)が怖いから、ブルが怖いから」って出たらば、狼が驚いて、狼よりもブルの方が怖いってから「そりゃあしょうがねえ」からって逃げちゃった。そんなような話だ。
(落合 高村文二)
これは「古屋の漏(ふるやのも)り」という昔話の一部である。雨の降る夜に爺と婆が「狼よりもムルが怖い」と話しているのを狼が立ち聞きし、自分よりも怖いものがいるのかと襲うのをやめて逃げ出したという話である。ここに収録した二話以外にも「世の中におっかねえものは、雨のムルのと馬鹿と借金だ」とか「シシ狼よりも雨のムルのが怖い」というように「ムルが怖い」という部分だけ伝えている人もいた。高村文二氏の話は、ムルがブルと転訛(てんか)され、小便をがまんしている意味になっているが、狼が立ち聞きする型を伝えている。かつての農家は外厠であって、子どもが夜間、外に出るのは怖いことであった。