昔、この村に住む烏(からす)が同じ沢に住む田螺(たにし)に言いました「田螺さんよ、お前はこんな泥田の中に住んで世間のことはなにも知らないが、今度隣町の市にゆかないか。いろいろなものを売っていて楽しいことがいっぱいあるんだよ」と、うまいことをいって田螺を連れ出しました。ところが烏は意地が悪く、田螺のことを嘴(くちばし)で突っつくのです。翌年、また烏は「田螺、田螺、タニシマチにゆかないか」と誘いました。でも田螺は、「いーやなコットコト、去年の春も行ったれば、あっちを突っかれつんまわし、こっちを突っかれつんまわし、そのとき受けた古傷が、寒い風吹くこのごろは、ずっきずっきと痛みます、いーやなコットコト」と、泥の田の中でぶつぶつことことと嘆いて歌いました。いくら自分が利口者でも相手をだましたり傷つけてはいけません。(一部要約)
(関戸 井上正吉『多摩の民話』所収)
これは、一般には「田螺と烏の歌問答」とよばれる田螺が歌問答によって難を逃れる動物昔話の一つである。話者が祖母(町田市出身)から聞いた話である。タニシマチのマチとは決まった日に人々が集まることやその行事のことをいう。