長者の裏山に楢(なら)や櫟(くぬぎ)がいっぱい生えており、そこに炭焼き小屋があった。炭焼きの仕事は汗と炭の粉で体中が真っ黒になるので、長者の家の人々は、炭焼きの人たちを山烏(やまがらす)とよんで見下げていた。ある日、炭焼きの人たちがお茶を飲みながら話をしていた。「長者のところの娘を嫁にしたいなあ」「この前、長者のところでは餅つきをしていたが、あの餅を腹いっぱい食いたいなあ」などと話していたのだが、そこへ長者がきて「今、何を言っていたのか」と聞いた。一人が、恐る恐る「餅を腹いっぱい食わしてほしいと言いました」というと、長者は「じゃあ、腹いっぱい食わして、一背負(ひとしょ)いやるから」という。次の者も「わたしもそう言いました」って。次々聞いていくと、ある者は「わたしは、長者の前を通ったときにいい娘さんがいたので、あの娘さんを欲しいって言いました」と言った。「では、うちへ来い」と言われ、恐る恐る長者の家へ行くと、「うちの娘が欲しいのなら、試すことがある」と言われた。谷間から水を汲んできたり、いろいろ試され、今度は、短歌の問答をすることになった。「九重(ここのえ)の塔より高きこの姫を見そめられたか山烏」と長者の娘が詠むと、炭焼きの若者は「山烏いざはばたいて飛ぶときは九重の塔は目の下に見ゆ」と返した。長者は感心し、その若者を婿にすることにしたという。(要旨)
(南野 萩生田常一)
『日本昔話大成』では「山田白滝」となっているが、歌の掛け合いにより長者の娘の婿になるという話である。全国的にみると婿になるのは長者の家の下男であることが多いが、ここでは炭焼きの若者となっており、地域の特色をうかがうことができる。なお、原文は『ふるさと多摩』二号に掲載されている。