ハガチ・蜂・マムシの対応

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かつては、病気やけがで医者に見せるというのは、めったになかった。たいていのことは、自分の家ですませた。薬は、富山県から行商で来ていた薬屋の置き薬を用いた。また、薬効のある植物(ゲンノショウコ、ドクダミなど)を干したり、マムシを焼酎につけたりすることは、多くの家で行なっていた。
 「ハガチよ、ハガチ、蕨の恩を忘れたか」というのは、ハガチにさされたときのまじないのことばである。ハガチとはムカデのことをいう。ハガチはずいぶんたくさんいたようだ。ハガチにさされると、しびれるような痛みが走り、たいへんであったという。ハガチと蕨についての伝承を拾ってみよう。
① ハガチにさされたときは、蕨の根をすって「ハガチよ、ハガチ、蕨の恩を忘れたか」と言う。これは、ある時、ハガチが昼寝をしていたら、チガヤ(茅)が出てきて、ハガチをさしてしまった。そこを蕨が下から出て、ハガチを持ち上げ、助けてくれた。だから、ハガチにさされたら、「蕨の恩を忘れたか」と言えば治る(「昔話」の項を参照)。
② ハガチにさされたときは、蕨を叩きつぶして傷口につけるとよい。ハガチがいるような場所には、蕨もたくさん生えていた(落合、貝取)。
 この①で示したような「蕨の恩を忘れたか」のまじないは、市域に限らず、周辺の市町村でもよく聞かれる。今回の調査では、このまじないのことばの理由を語る話は、一人からしか聞くことができなかった。しかし、ハガチの傷には蕨がよく効くことはよく知られている。
 また、ハガチにさされたら、唾(つば)をつけておけばよいともいう。ハガチは唾が苦手であるから、ハガチに唾をかけると苦しがるという。
 「大蜂小蜂さすな」というのは、蜂にさされないためのまじないである。このことばを唱えれば、蜂の巣のそばに行っても平気だという。
 今はめったに見られないが、かつては、マムシが多くて、マムシにかまれる事故がよくあった。マムシの毒は猛毒であるから、血清を注射しないと一命にかかわる。マムシにかまれたときは、まず、傷口を開いて血を出し(毒を出す)、傷口より心臓に近い部分を縛って、毒が体に回らないようにし、それから、病院に運んだ。このような手当てが、常識であったという。また、マムシにかまれたときの応急処置として、乞田地区の話者は祖母から「マムシにかまれたら、そのマムシの首を切って血を傷口につけろ」と言われたという。野良で仕事をしていたらマムシにかまれ、「やられた」と思った瞬間、鎌で傷口を切り裂き、毒をしぼり出して、また仕事を続けたという豪傑もいた。このような話も残っている。