3 入居開始と事業の進展

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 多摩ニュータウンへの入居は、昭和四十六年三月より、現在の諏訪地区および永山地区において開始された。第二次入居開始は翌四十七年三月で、愛宕地区においてであった。いずれも、丘陵部を拓いた新住宅市街地開発事業の区域内である。以後、一時中断せざるをえない時期もあったが事業は着々と進められ、平成八年三月現在、新住宅市街地開発事業区域内には多くの集合住宅棟が建設され、都営住宅四八〇二戸、住宅・都市整備公団の分譲住宅が一万二〇四一戸(うち、宅地分譲一九六四戸、民間分譲二二〇戸)、賃貸住宅が六〇三八戸、東京都住宅供給公社の分譲住宅が一七一二戸(うち、宅地分譲二二戸)、賃貸住宅が一四四〇戸供給された。土地区画整理事業区域内にも各土地所有者によって多くの一戸建住宅や集合住宅が建設された。その結果、表9-1に示すように前者の区域内人口が八万一七七九、後者の区域内人口が二万九五二に達し、多摩ニュータウン区域内の人口は、入居開始当初の昭和四十六年に多摩市人口の一八パーセントにすぎなかったものが、実に七一パーセントを占めるようになったのである。
 
表9-1 ニュータウン区域内人口の伸びと、市域での割合
年 事項 新住開発区域 区画整理区域 ニュータウン区域計(A) 市合計(B) A/B
昭和46年 2,648 3,114 5,762 32,068 18%
 47 15,921 3,063 18,984 46,144 41%
 50 29,442 3,295 32,737 62,505 52%
 53 44,396 4,157 48,553 80,002 61%
 56 55,189 5,341 60,530 94,013 64%
 59 64,854 6,781 71,635 107,244 67%
 62 77,895 10,496 88,391 126,453 70%
平成2年 84,272 15,760 100,032 139,543 72%
 5 84,315 18,904 103,219 144,780 71%
 8 81,779 20,952 102,731 144,529 71%
※『多摩ニュータウン』(多摩市都市開発室 平成8年3月発行)より作成


写真9-5 多摩ニュータウンのパンフレット


写真9-6 永山団地への入居

 住宅建設と併行して都市生活環境施設の整備も進んだ。その主たるものを列挙してみると、住区に住区センター、住区をいくつか集めた地区ごとに地区センターが設けられ、これらセンターには、店舗や娯楽施設、診療所、郵便局、派出所、集会所など、日常生活上必要な多くの施設がまとめられた。ここは住区および地区の人々の、文字どおりセンター的機能を果たす空間となっている。また、原則として一住区に公立の中学校一校小学校二校、幼稚園二園が設けられた。このほか、多摩ニュータウン内各所には官公庁施設や文化施設、医療機関も配置され、私立の中・高校や短大・大学も誘致されている。交通機関としては、京王相模原線と小田急多摩線の二鉄道路線がニュータウン内に敷かれ、市域には両鉄道の永山駅と多摩センター駅、および小田急多摩線の唐木田駅が設けられた。永山駅と多摩センター駅という二つの駅を中心に、バス路線も網の目状に張りめぐらされた。さらに、駅周辺には十分な都市性を備えた大規模デパート、スーパーマーケット、銀行、ホテルなども開設され、多摩ニュータウンが一つのまとまった都市として機能する役割を担っている。さらに上水道・下水道施設が完備し、清掃工場が完成したのはもちろん、火葬場(町田市域)や墓園(八王子市域)、それに街区公園・近隣公園・地区公園・多摩中央公園というように、広さに応じて段階的に約一〇〇の公園および三〇か所の緑地も設けられた。

写真9-7 落合3丁目近隣センター


写真9-8 多摩センター駅南口


写真9-9 京王多摩センター駅、朝の上りホーム

 このほか、平成三年に第三セクターとして株式会社多摩テレビが設立され、ニュータウン全域を対象とした都市型CATV事業の導入がはかられている。