23万人の個展

 大型団地の建設や土地区画整理事業による宅地開発で、昭和40年代後半には毎年、人口が約1万人ずつ増加し、町田市のベットタウン化が進みました。急激な人口の増加は、新旧の市民の間でさまざまな軋轢を生むことになりました。
 新旧市民が対話をしながら、ともに快適な生活を送ることをめざして開催されたのが、栄通り商店街で行われた「市民祭 みんなの祭り 23万人の個展」でした。団地建設により生じた社会問題の解決を、市民が主体となり、多様なイベントや出店もあったこの大規模な催しは、新たなスタイルの祭として注目され、多くのメディアに取り上げられました。

史料
23万人の個展123万人の個展11973(昭和48)年9月23日に開かれた23万人の個展の様子です。多くの人で賑わっていますが、歩行者天国にした栄通り商店街を会場に12万人の人出がありました。
23万人の個展223万人の個展223万人の個展の1コマ。町田市民吹奏楽団による野外演奏を聴く人たちで、通りは埋め尽くされています。通りでは、さまざまな団体・グループが思い思いの参加をし、来場者を楽しませました。
24万人の個展24万人の個展1974(昭和49)年に開催された「24万人の個展」で、栄通りを森野の交差点の方を向いて撮っています。「23万人の個展」から1年で市の人口は24万人になっていました。この年も多くの人で賑わいました。