田端環状積石遺構(かんじょうつみいしいこう)(小山町)[縄文時代後期]

地図
 1968年に発見後、翌1969年にかけて調査されました。中期中葉から後期前葉には集落があり、後期中葉には土壙墓25基、周石墓7基からなる集団墓地として利用されました。さらに、後期中葉から晩期中葉には墓地の上に約900個の石を9×7mの環状に積み上げた環状積石遺構と呼ばれるストーンサークルがつくられ、土地利用の移り変わりがたどれる貴重な遺跡です。環状積石遺構からは南方に丹沢山地がよく見え、冬至の日没時には蛭ヶ岳の山頂に太陽が沈む様子を観ることができます。
復元された環状積石遺構

復元された環状積石遺構

発掘時の環状積石遺構(1968年撮影)

発掘時の環状積石遺構(1968年撮影)

環状積石遺構平面図

環状積石遺構平面図

田端遺跡遺構配置図

田端遺跡遺構配置図

周石墓(長軸2m)

周石墓(長軸2m)

土壙墓、周石墓から出土した土器(加曽利B式、左:高さ9cm)

土壙墓、周石墓から出土した土器(加曽利B式、左:高さ9cm)

環状積石遺構からの景観(冬至の日没時)

環状積石遺構からの景観(冬至の日没時)

重なって出土した鉢形土器(D11号土壙墓)

重なって出土した鉢形土器(D11号土壙墓)

注口土器(加曽利B式)

注口土器(加曽利B式)

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