瀬でアユかけをする人々
「高津川はすばらしいですね。こんなすてきな川が日本にはまだ残っているんですね。」
都会からやってきた釣人の言葉が、私の耳から離れません。
私は、小さいころから高津川が大好きでした。高津川のそばで生まれ、近所のお兄さんたちに泳ぎを教えてもらい、川で大いに遊んで育ちました。そして、年を取った今でも、夏になると、高津川に潜ります。「高津川の女王」と呼ばれるアユを見るためです。よもぎの汁で曇らないようにした水中眼鏡をつけて、そっと潜ってみると、美しいアユの姿を見ることができます。流れの中できゅるんと体をひねって、石についたコケを食べている様子は、何回潜ってみても飽きません。とても美しい姿です。
アユをとる時にも心が躍ります。竿にアユがかかった時の手ごたえ、全身で大暴れするアユを素手でつかむときの手の感触、それはなんとも言えません。また、とったアユを塩焼きにして食べるとき、その香りと味は格別です。高津川のアユは、きれいな水の中で育つコケを食べているので、最高に味がいいのです。地元には、アユのはらわたで作った「うるか」を入れたナスのうるか煮や、干しアユの出汁で煮る雑煮などの食文化があります。これらは、子どもや孫に伝えたい益田の味です。
高津川は、吉賀町蔵木を水源とする本流(八十一キロメートル)と、益田市の匹見から流れ出る匹見川などからなる川です。そして、平成十八・十九年と二年連続で、国が行なった水質調査の結果「水質が日本一」になりました。人口がこれだけある地域の川で水質が日本一になる川は珍しく、一躍有名になりました。
高津川は、中国山地から水が一気に流れ出ているので、川のあちこちに瀬が多いそうです。川の中にある瀬は水をきれいにする力を持っています。これも、高津川が水質日本一になった理由の一つです。
また、この川の本流にはダムがありません。国の一級河川で本流にダムがないのは高津川だけだそうです。ダムがないので、春に海から遡上(※流れをさかのぼっていくこと)してきた天然の稚アユが、上流まで上ることができるのです。
高津川の水質が日本一になったこと、ダムがないこと、海から天然アユが上ってくることなど、日本の中でも高津川がすごい川だということを私が知ったのは、ほんの数年前のことです。その時は、本当にうれしくて、私は、ますますふるさとの川を誇りに思うようになりました。
そういえば、高津川には、アユだけでなく、たくさんの生き物がいます。ツガニ、うなぎ、なまず、ぎぎゅう(清作)、ドンコツ、アユカケ、鯉、フナ、ハヤ(はいご)、川えび、手長えび、スッポンなど多種多様です。地元には、それらの取り方やしかけが伝わっていて、それらを食べる食文化も残っています。また、春の「岸つつじ」、夏の「丈高漁」、冬の「オシドリ」などに代表される高津川の情景も自慢です。
アユカケ(ゴビウス提供)
オイカワ(ゴビウス提供)
カワムツ(ゴビウス提供)
モクズガニ(ゴビウス提供)
しかし、高津川が本当に豊かだと言えたのは、昭和三十年代までのような気がします。そのころまでは、例えば、浅瀬を泳ぐアユを竹の棒でたたいてとったり、石の陰にひそむ魚を、次から次に手づかみしたりできるほど豊かでした。その後、昭和四十年代の高度経済成長時代になると、農薬の使用や汚れた排水などによる水質の悪化がひどくなり、魚の数がどんどん減っていきました。さらに、水害対策で、川岸がコンクリートやブロックで覆われる工事がすすみ、魚のすみかも少なくなってしまいました。この時期、日本中で環境破壊が進み、至る所で豊かな自然が失われていきました。
そんな中で、「高津川の環境を守ろう」という取組も始まりました。川の水をきれいにする一番よい方法は、汚れた排水をきれいにして川へ流すことです。そこで市や町では「汚れた排水を下水道で集めてきれいにするシステム」を広げています。しかし、この地域は家が点在している所が多いので、どうしても限界があります。そこで、使い終わった油を回収したり、油で汚れた皿を一度ふきとって洗ったり、洗剤を使いすぎないようにしたりして、川を汚さないように心がける人々が増えています。
また、森を豊かにすることも、川や海を豊かにすることにつながっています。そこで、林業の再生に取り組んだり、森にどんぐりの木を植えたりしている人もいます。さらに、高津川漁業協同組合の人々は、天然アユを守るために、「島根県水産技術センター」と連携して、アユの自然産卵を助ける取組を続けています。
飯田橋付近
アユをはじめたくさんの生き物のすむ高津川、それを育む中国山地の豊かな森、そして、稚アユになるまでアユが育つ日本海。私たちのふるさとはこんなにも豊かな自然に包まれ、私たちはそれらの恵みを受けて暮らしています。私たち益田の人にとって高津川はまさに「母なる川」です。私は、これからもみんなと協力して高津川の自然を守っていきたいと思います。そして、いつの日か、「高津川が日本の自然遺産に選ばれた」というニュースを聞きたいと願っています。
高角橋上流で行われている丈高漁(フォトクラブ高津川21提供)
☆もっと調べてみたい人は、澄川喜一著「高津川と錦川」を読んだり、高津川漁業協同組合や浜田河川国道事務所高津川出張所の人に聞いたりしてみましょう。