日露戦争の主な戦場は満州でした。勝利をおさめながら進んだ日本の陸軍は,1905(明治38)年,旅順と奉天を占領し,一方,東郷平八郎を司令官とする連合艦隊は,日本海の海戦でロシアのバルチック艦隊を破りました。しかし,日本軍の死傷者は7万人にも達し費用も多くかかるなど,戦争を続けることは困難になりました。

日露の戦い
壬生町域町村の日露戦争の出征者と戦死者数 | |||||
壬生 | 南犬飼 | 稲葉 | 計 | ||
出征者数 | 将校 | 2 | 2 | 2 | 6 |
下士 | 12 | 5 | 15 | 32 | |
兵卒 | 142 | 73 | 111 | 326 | |
計 | 156 | 80 | 128 | 364 | |
戦死者数 | 将校 | 1 | 2 | 3 | |
下士 | 3 | 1 | 4 | ||
兵卒 | 8 | 5 | 4 | 17 | |
計 | 12 | 5 | 7 | 24 | |
『下都賀郡誌』による |
※ | 南犬飼村出身の兵士梁島廉平は,「出征日記」という記録を残した。この中には,戦争の状態や捕虜となったときの生活が生々しく描かれている。 |