羽生田城堀及び土塁址

読み:はにゅうだじょうほりおよびどるいあと
 地図23


種類町指定史跡
指定年月日平成5年7月1日
所在地羽生田字新郭2,138-1
所有者・占有者個人

 羽生田城は、文亀年間(1501~1503) 壬生綱重により築城されたと言われ、天正18年(1590) 壬生氏の滅亡とともに、廃城となりました。
 城は黒川東岸の段丘上につくられており、南は自然の断崖により、東は大沼により守られていました。土塁と堀は現在の羽生田小学校を中心に、四重にめぐらされていました。現在は、三重目の堀と土塁址が残るのみですが、旧状を良くとどめています。
 羽生田城は、壬生氏の支配する鹿沼城と壬生城の中間にあり、お互いの連絡上重要な拠点であったと思われます。