所在地 | 上稲葉字峯 |
寿永年間(1182~1185)、因幡国(島根県)に住んでいた伊賀平内左衛の娘は建礼門院(高倉天皇の皇后)に仕えて、小納言高尾と名のっていました。
源平合戦で平家が敗れた時、建礼門院から暇をもらい、郷里因幡国へ帰ることになりましたが、その帰路で、盗賊に襲われた際、金売り吉次に助け出されました。
それからというもの、高尾は吉次を恋慕い、吉次の住む奥州を目指し旅をしました。しかし、この稲葉の地に来たとき、すでに吉次が亡くなったことを知らされました。高尾はこの地に庵を結び、吉次の霊を供養しました。
その後高尾も病気にかかり亡くなってしまいましたが、その死の際に、故郷の因幡の高尾大明神を勧請してくれるようにと遺言したので、村人は神社を建て高尾大明神を峯山に祀りました。(元村社)