産業社会の変化に即応して、大正9年の「実業学校令」「実業補習学校規程」が改正され実業教育の充実がはかられた。
■実業学校
麻布商工実務学校[注釈18](大正12年、南山小学校内)、高輪工業学校の前身である第一工業補習夜学校[注釈19](大正3年、芝小学校内)が設置された。
また、私立では、慶応義塾商工学校・慶応義塾商業学校(夜間)及び大倉高等商業学校専修科が明治期からあった。大正期の新設として、高輪商業学校が大正8年に、大倉高等商業学校夜学普通科が大正12年に開校した。
■実業補習学校
昭和になって青年学校に発展する前身校として、愛宕商業補習学校[注釈20](大正8年)、三光商工学校(大正12年)、三河台実業補習学校[注釈21](大正11年)、筓商工補習学校(大正8年)、東町商工補習学校(大正7年)、赤坂区商工補習学校(大正9年)が開校し国の施策に呼応していた。
また、各種学校も芝区を中心に増え実業教育の一翼を担った。