我が国の教育の目的は、学制発布以来「富国強兵」にあり、忠良なる臣民の育成をめざしてきた。したがって、大正デモクラシーに基づく新教育思想の台頭は結局は国家主義思想と相容れないものであった。
このような大正デモクラシーの台頭と、関東大震災による国民思想の動揺と人心の乱れの中で、国民思想の統一とその強化をはかるため、大正12年「国民精神作興ニ関スル詔書」が発布されたのである。
詔書には、「国家興隆ノ本ハ国民精神ノ剛健ニ在リ」としたが、新思想の台頭は「輓近(バンキン)学術益々開ケ人智日ニ進ム然レトモ浮華(フカ)放縦ノ習軽佻詭激(ケイチョウキゲキ)ノ風モ亦生ズ」と述べ、自由気ままな風潮を生んだと批判している。それを改善するには「教育ノ淵源(エンゲン)ヲ崇(タツト)ヒテ智徳ノ並進ヲ努メ綱紀ヲ粛正シ風俗ヲ匡励(キョウレイ)シ浮華放縦ヲ斥ケ質実剛健ニ趨(オモム)キ軽佻詭激ヲ矯(タ)メ…」と、特に質実剛健の気風を養うことを求めている。更に、「国家ノ興隆ト民族ノ安栄社会ノ福祉トヲ図ルヘシ」と述べ、国民思想の統一強化こそ、国家と民族の繁栄をもたらすものと結んでいる。