高等小学校[図28]

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 区内の高等小学校は、明治期に開校した5校がそのまま引き続き存在している。主な概要は次のとおりである。
 

[図28]愛宕高等小学校の遠足(愛宕高等小学校『大正15年度 写真帖』)

 
  鞆絵(ともえ)高等小学校
    明治41年4月 「小学校令」改正により鞆絵小学校より分離独立、大正期も変化ない
  愛宕高等小学校
    大正12年   児童数増加により19学級となる。9月関東大震災により全焼
    大正13年   仮校舎建築
    大正14年   男471名、女471名 合計942名
    大正15年   男490名、女469名 合計959名
    大正15年5月  2教室増築
        11月   2教室増築
  御田(みた)高等小学校
    大正8年4月 区立御田実務専修女学校設置
       10月 東京市立実業学校併置
  麻布高等小学校
    大正10年6月 三河台小学校移転にともない同校旧校舎に移転 男6学級のみ収容、女5学級は麻中小学校に残置
    大正10年11月 女子2年を本校舎に女子1年を新築三河台小学校に移転
    大正11年9月 専任の辻安弥校長着任
    大正15年4月 児童数800名となり校舎狭隘のため3学級を三河台小学校へ、2学級を筓(こうがい)小学校に分置
  赤坂高等小学校
    明治44年6月 中之町尋常小学校校舎に移転。引続き、大正期も同場所に設置
  青山高等小学校
    明治41年4月 「小学校令」改正により青山尋常小学校と分離、学校は青山尋常小学校に仮設され、大正期に引き続いた
 
 尋常小学校より分離独立した高等小学校は5校あったが、安定した独立校舎を持つことは難しかった。児童数が増加したのも要因の一つであるが、専任校長も少なく、尋常小学校長の兼任が通常であった。
 
関連資料:【学校教育関連施設】