実業補習学校の教育内容

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 実業補習学校の設置目的は、いずれも商工業に従事する者、または従事しようとする者に実業に必要な知識技能を授けることと、普通教育の補習をすることにある。したがって教育内容も設置目的を基本に計画されている。先ず教科目について言えば、編成によって多少の違いがあるが、普通科目としては修身・国語・算術または数学を共通に課しており、学校によって英語・地理・理科を履修させている。また職業科目では商業と工業に分け商業では商業要項・商業書信・商業算術・商業法令・商業地理・商品・簿記・経営・タイプライターなど、工業では機械・建築・電気・材料・工具・製図・力学・工業化学・応用力学・発動機・工業実習などが課されている。これらの教科のうち学校によって修身を必須科目とし他を選択科目として1~3事項を選択することと定めたり、修身と商業・工業を必須とし他を随意科ときめているところもある。そのほか、商業または工業のうちいずれかを選択させている学校もあった。
 教授時間は全部夜間で、午後6時から10時の間で毎夜2時間授業を実施している。この時間は季節により校長が定めることになっている。生徒はほとんどが昼間は職業に従事し夜間に学習するので、かなり苦労が多かったことと思われる。
 入学資格は尋常(じんじょう)小学校卒業者(年齢12歳以上)または尋常小学校卒業と同等の学力をもっている者とされ、授業料は各校とも月額20銭となっている。
 次に大正12年(1923)開校の芝区三光(さんこう)商工学校の学則を通して、当時の教育の状況をながめてみることにしよう。
 
    東京市芝区三光商工学校学則
    第一章 総則
  第一条  本校ハ現ニ商工業ニ従事スル者又ハ従事セントスル者ノ為ニ業務上必要ナル知識技能ヲ授ケ兼ネテ普通教育ノ補習ヲ為スヲ以テ目的トス
  第二条  本校ノ修業年限ヲ二ケ年トス
  第三条  本校ノ授業ハ夜間ニ於テ之ヲ行フ 但教授時間ハ午後六時ヨリ九時迄ノ間ニ於テ之ヲ定ム
    第二章 学科、課程、教授時数
  第四条  本校ノ学科目ハ修身、国語、算術、地理、理科、商業、工業、英語トス 但商業、工業ハ其中ノ一科ヲ選択履修スルコトヲ得
  第五条  各学科目ノ課程及毎週教授時数左ノ如シ([図5]参照)
 

[図5]芝区三光商工学校の教授時数

    第三章 学年、学期、休業日
  第六条  学年ハ四月一日ニ始リ翌年三月三十一日ニ終ル
       学年ヲ左ノ三学期ニ分ツ
       第一学期 四月一日ヨリ八月三十一日迄
       第二学期 九月一日ヨリ十二月三十一日迄
       第三学期 一月一日ヨリ三月三十一日迄
  第七条  休業日ハ左ノ如シ
       日曜日 祝日 大祭日
       靖国神社祭日 鎮守祭日 明治神宮祭日
       皇后陛下御誕辰、本校創立記念日
       夏季休業 七月二十一日ヨリ八月三十一日迄
       冬季休業 十二月十六日ヨリ翌年一月十日迄
       学年末休業 三月二十六日ヨリ三月三十一日迄
       毎月一日及末日、一月十五日、十六日、七月十五日、十六日
    第四章 入学、退学
  第八条  本校第一学年ニ入学シ得ヘキ者ハ尋常小学校卒業若クハ之ト同等ノ学力ヲ有スル男子トス
        但高等小学校卒業者ハ第二学年ニ編入スルコトアルベシ
  第九条  入学ノ時期ハ学年ノ始トス 但欠員アルトキハ臨時入学ヲ許スコトアルべシ
  第十条  入学志願者ハ本校所定ノ入学願書ヲ学校長ニ差出スベシ
  第十一条 保証人ハ本市在住ノ父兄親族若クハ雇主等ニシテ学校長ニ於テ適当ト認メタル者タルベシ
  第十二条 生徒或ハ保証人ニシテ改氏名、転籍、転居若クハ改印シタルトキハ其旨ヲ学校長ニ届出ヅベシ保証人ヲ変更シタル場合亦同ジ
  第十三条 退学セントスルトキハ其事由ヲ具シ保証人ヨリ学校長ニ届出ツベシ
    第五章 卒業、修業
  第十四条 卒業及修業ハ生徒ノ成績ヲ考査シテ之ヲ定ム
  第十五条 本校所定ノ課程ヲ卒業又は修業セル者ニハ左ノ証書ヲ授与ス(略)
    第六章 賞罰
  第十六条 操行善良学業優等ニシテ精勤セル生徒ニハ賞状又ハ賞品ヲ授与ス
  第十七条 品行方正学力優秀ニシテ他ノ模範タルベキ生徒ハ特待生トスルコトアルベシ其ノ期間ハ一学年トシ授業料ヲ免ス
  第十八条 性行不良シテ改悛ノ見込ナキ生徒ニハ停学若クハ退学ヲ命ズルコトアルベシ
    第七章 授業料
  第十九条 授業料ハ月額参拾銭トシ毎月五日迄ニ納付スルモノトス
   第八章 附則
  第二十条 学校長ハ本則実施ニ必要ナル細則ヲ定ムルコトヲ得
 
 なお、麻布商工実務学校[注釈11]は本科・高等科に分かれ、更に商業部と機械部に分かれている。また赤坂商工補習学校の学科編成は本科・普通科に分かれ[図6][図7]の教科課程で学習を行っている。
 

[図6]赤坂商工補習学校の教科課程・本科

 

[図7]赤坂商工補習学校の教科課程・普通科

 市立実業補習学校の入学資格には男女の指定はないが、ほとんどの学校は男子を対象としていると思われる。それは明治38年(1905)の東京府訓令第31号(補習教育奨励に関する訓令)[注釈12]の準則の編成の項に、「男女ハ場所ヲ異ニシ若ハ日ヲ異ニスルコト」とあるように男女別学制がとられていたからである。女子の補習教育については、昭和初期になって愛宕商業補習学校に女子部が設けられたり、赤坂商工補習学校に女子専修科が設置され、裁縫・作法・家事などを教えている。また私立学校では、大正11年(1922)に三田女子商業実務学校[注釈13]が開設された。同校の教科課程は[図8][図9]のとおりである。
 この学校は女子を対象としているが裁縫・家事などの教科は全くなく、専ら実業科目に重点がおかれている。また市立の学校と比べると、授業時数もやや多い。授業料なども月額2円50銭とやや高い。同校では授業料のほか入学料(1円)、校費(20銭)を徴収している。
 

[図8]三田女子商業実務学校の教科課程・本科

 

[図9]三田女子商業実務学校の教科課程・研究科