大正期地域内新設の専門学校は東京高等工芸学校、慶応義塾高等部、大倉高等商業学校、聖心女子学院専門学校の4校がある。これらの学校はいずれも新しい「専門学校令」に拠る専門学校として発足した。
■東京高等工芸学校(新芝町)
「専門学校令」による官立専門学校として大正11年(1922)4月開校した。工芸に従事する者に必要な高等の学術技芸を授けることを目的として設立された。学科の構成や入学資格については既に前節で述べているのでここでは省略する。
なお本校には、附属工芸実習学校があった。この学校は大正13年3月29日勅令第58号を以て移管した東京高等工業学校附属職工徒弟学校がそれである。当校は各種工芸の実技に従事すべき技術者養成を目的とした修業年限3カ年の実業学校である。尋常(じんじょう)小学校卒業者で12歳以上の者を入学資格とした。開設当時の学科は、木工・建築・精密機械・金工などであった。
■慶応義塾高等部(三田)
大正11年に「専門学校令」により設立された。予科と本科に分かれ修業年限は予科は1年、本科は3年となっている。入学資格は、予科は中学校5年卒業程度となっており、大学とは別に高等の知識と教養を得させるために設置された。教授内容は主として法律・経済・哲学などの諸学科で、とくに英語の学習に重点が置かれている。設立当時は専門部と称したが、大正14年に高等部と改称した。
■大倉高等商業学校(葵町)
第5節の第2項「港区地域における産業教育」(2)「地域内実業諸学校の状況」の「実業専門学校」の欄(198ページ)を参照されたい。
■聖心女子学院専門学校(白金三光町(さんこうちょう))
明治42年(1909)に現在地に校舎を新築し、以来幼稚園・小学校・高等女学校を設置したが、大正4年(1915)3月高等専門学校を新設した。創立当時は国文科が設けられ、予科・本科・研究科に分かれていた。本校の構内はきわめて広く武蔵野の面影をとどめ、恵まれた環境だったといわれている。