青年学校の課程

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 青年学校の課程は、修身及び公民科、普通学科、職業科、訓練の四つに分かれていた。
 修身及び公民科では、日本国民としての道徳、公民的知識、法制経済などの知識が与えられていた。また、その知識は日常生活に実行となって現われなければならないとされていた。職業科は、実際的な職業上の科目が多くとりいれらるべきものとされた。
 訓練は、体操と軍事教練が主たる内容で、これによって心身を鍛錬していった。[図12]でもわかるように壮丁(そうてい)検査時、青年学校を卒業した者は、昭和14年の義務制施行以後急に増えている。

[図12] 壮丁検査時の教育程度(『文部時報』775号昭和17年10月)

 このようにして、町や村、工場や事業所の青年学校で、皇国青年として錬成(れんせい)された青年たちは、産業の発展と国防のために動員されていったのである。
 当時、港区地域には公立の青年学校が10校、私立の青年学校が26校設置されていた[注釈22]。
 男子に対する「教練科」は、最大の比重で課せられ、壮丁検査前の青年に対して、精神的にも、身体的にも徹底した訓練がなされた。
 青年学校普通科の生徒には、体操科の中に教練が位置づけられていた。青年学校本科の生徒には、教練科があり、国防意識を強めるとともに、入営前の教育に力を入れていた。