芝浦国民学校

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 昭和17年2月20日創立。本校新設工事完了。創立当時、児童は、竹芝、芝、南海、聖坂、その他の国民学校に通学していた。しかし、通学路が遠く不便の上、国電北側の平行道路は、東海道幹線で車馬の往来がしげく甚だ危険が多かったため、地域の住民や父兄の請願により、国電東側の地区、芝浦1・2丁目、西芝浦1・2・3・4丁目、海岸3・4・5・6丁目、高浜町という、東北から西南に細長い地域を学区とし、東京府東京市芝浦国民学校として誕生した。同年4月1日開校。児童は、南海国民学校から176名、竹芝国民学校から365名、その他の学校から7名、計548名(12学級編成)、職員は15名で授業を開始している。
 芝浦国民学校新設に関する経過[注釈21]を公文書でみると次のようである。
 
  昭和一一年四月一六日
   小学校々地ニ関スル件
 小学校々地東方ニ存在スル東京瓦斯(ガス)株式会社瓦斯貯槽ニ関シ取締規程並警視庁当局ノ就キ調査候処 小学校々舎建設上支障ナキ旨報告候也
  昭和一二年六月九日
   土地所有権移転登記完了
  昭和一二年六月一四日
   市立芝浦尋常小学校(仮名)新築ノ件報告
  昭和一七年一月一三日
   芝区内新設国民学校開校予定期日変更認可ノ件
   芝浦国民学校  一七・一・八 開校予定日ヲ変更
一七・四・一 開校
                  (校舎竣工遅延)
 このようにして、戦時色強い時期に新しい国民学校が誕生したが、背景としては、埋立地域における居住者人口の増加があったわけである。
 
関連資料:【文書】小学校教育 芝浦尋常小学校設立
関連資料:【文書】小学校教育 芝浦国民学校開設
関連資料:【学校教育関連施設】
関連資料:【くらしと教育編】第1章第3節 (1)学校を支える地域社会