武道・教練

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 昭和14年(1939)5月29日、「尋常(じんじょう)小学校武道指導要目」が制定され、尋常小学5・6年、高等科に武道が課せられることになった。国民学校になり、教授時間が最もふえた教科は体錬科である。健康で強健な身体こそ、国家繁栄のもとであり、健康な身体は説話では絶対できない、行動と訓練によってのみ実現できるとし、体錬科が重視されたわけである。体錬科の目的は、身体だけでなく、強い国家への奉仕の精神も培うこととされ、各学年に[図23]のように課せられていた。
 すなわち、武道は5・6学年に、教練は3学年以上に体操と共に課せられていた(○印は、課せられた学年)。

[図23] 体錬科の教授時間

 教練は、古くは兵式体操と呼ばれていたものである。また、軍事教練と呼ばれることもあった。それは軍人による指導もあったからであり、集団訓練、行進なども厳しく指導された[図24][図25][図26]。
 文部省としても、次のように対処している。
 昭和19年3月7日、国民学校体錬科武道に薙刀(なぎなた)教授を定めた。
 次に、各尋常小学校(国民学校)の沿革誌の記録をみてみよう。
 
 西桜尋常小学校  西桜剣道会創設         昭和9年
 高輪台尋常小学校 剣道開始式を行う        昭和11年
 青山尋常小学校  赤坂区主催、剣道大会      昭和13年
 桜田尋常小学校  文部省研究学校
          小学校武道柔道公開授業     昭和13年
 麻布尋常小学校  体操研究会、研究授業      昭和14年
 筓(こうがい)尋常小学校  第一回剣道大会    昭和15年
 南山国民学校   剣道部神棚奉斉式        昭和16年
 高輪台国民学校  芝区児童体錬大会で優勝     昭和16年
 赤羽国民学校   剣道、柔道道具全額児童体育
          奨励後援会にて購入       昭和16年
 神応(しんのう)国民学校   武道場を開設    昭和16年
 麻布国民学校   区連合運動会
          合同体育、武道練習       昭和16年
 筓国民学校    剣道寒稽古           昭和17年

 


[図24] 剣道・氷川国民学校


 


[図25] 柔道・氷川国民学校


[図26] 薙刀・氷川国民学校