補助学級の教育

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 筓尋常(こうがいじんじょう)小学校補助学級においても、1、知能の低劣なるもの10名 2、性格異常によるもの1名 3、身体の異常によるもの1名 4、教育上の欠陥によるもの5名 が入級している(『筓校報』昭和15年)。
 また、設備、その他については、
 
 イ、校地 学級用として農園約十二坪位
 ロ、教具 触覚練習用具(布箱、布枠、文字板)
      視覚練習用具(色糸巻、方塔、型板、錘刺(スイシ)、篏板(ハサミ))
      聴覚練習用具(音の筒、軽重板)
      心的練習用具(計数板)
      知能検査具(ビネー式)
 学習時間割の例(週時数)
  「第三学年」修、読、綴、算(一六)書(三)図、手(二)体(三)唱(一)(計二五)
  「第五学年」修、読、綴、算(一七)書(二)地、歴、理、各一(三)図、手(男二女一)体(三)唱(一)裁(三)(計男二八、女三〇)
  「第六学年」五学年の分ニ課外トシテ 地、歴ヲ一時間課ス(同上)
 
 なお、補助学級の効果について東京市教育局学務課の資料には、訓練上、
 
 無口ガチナリシ者モ 進ミテ自分ノ思想ヲ発表シ得ルニ至レリ
 沈ミガチニシテ 受動的ナル気風ハ徐々ニ消失シ、之ヲ代フルニ発動的ニ向ヘリ
 
 と記録されている[注釈5]。
 なお、当時の指導の実際をうかがう資料として筓尋常小学校補助学級担任の日記の一部が、校報に紹介されている。
 
   十月×日
  昼のサイレンが鳴りをはると、子供達の机はそのまゝ食卓になる。
  養護学級だけ特別に栫(こしら)へられる味噌汁にも子供達は忽(たちま)ち慣れてしまった。人参(じん)、葱(ねぎ)、ごばうのやうな、えてして子供らの御意に召さぬ食物が這入ってゐても、もう兎やかう言ふものもなく、大元気でおかはりをするのもゐる。アルミニゥムの弁当箱と、箸と、味噌汁茶碗とが、めまぐるしい程に活躍する。
  坊主頭もお河童(かっぱ)も。小さいのも大きいのもとに角丈夫になっておくれ。叩いても叩いても跳ね起きることの出来る程に。―
  「先生! 先生! 御飯を頂く時にはちゃんとしないと、お汁がこぼれますよ」
  うっかり考へごとをしてゐた眼と、かはいらしい円らな瞳(ひとみ)とがかちりと合って教場は小春日和であった。
   十一月×日
  井之頭公園の杉木立が遙(はるか)に緑(あお)い。芋畑では土とほこりと子供達がごっちゃになって、絵と詩の世界をつくってゐる。
  「まあ、すてき! 先生! こんなに大きいわ!これ、何キログラムあるかしら。大きいわねえ。あしたのお弁当のお菜よ、これ」
  「あら、それよりこっちの方が大きいわよ、あんたの頭ぐらゐ」
  一寸ぶら下げたところ一貫を超えようといふ獲物を得て、学校へ引上げたのはいゝが、其の後が心配であった。養護学級開設以来半年になるが、今日程労働をさせたことはないのである。私自身は赴任以来まだ日が浅く、子供らの体力にはまるで自信がなかった。今日の遠足は無理だったかも知れないと危懼(ぐ)した。
 しかし、子供らの体力検査には恰好の機会だと考へ、引率したのであるが―。
  驚いたことに、翌日の出席率は百パーセントであったとは。
  「昨日のお芋ね、皮は紅いのに中味は白いのよ。でもお美味しかったわ。えゝ、帰ってからね、ふかして頂いたの」
  まさにお芋万歳であった。
  学科は―殊に四年生は体位に比較して頭脳は揃(そろ)ってゐるやうである。虚弱児童の特色であらう。私は、体力を増進させることより、むしろ智識を円満に発達させることの困難さを痛感せざるを得ない。
 
関連資料:【文書】特別支援教育 笄小学校補助学級の現状