昭和7年度(1932年度)、開設時の予算額から、施設、設備の整備の様子をみると次のようである。
昭和七年度 扶養学校費(単位円) (東京都公文書館資料)
扶養学校費 一二、八三〇
一 給 料 七、二〇〇 (校長、教員、看護婦)
二 雑 給 二、九〇二 手当 旅費 傭員給
舟車馬賃
三 需用費 二、三七四 備品費五四〇 図書費九〇
消耗品費八七四 印刷費一五〇
通信費一八〇 賄費二五六
被服費四 瓦斯電気水道費二八〇
四 諸 費 二五四 校外教授費六〇 雑費一九四
五 修繕費 一〇〇
臨時費
扶養学校費 七、〇〇三
設備費 四、一〇三 備品費二、八二三 図書費一〇〇
電燈費二六〇 電話費九二〇
営繕費 二、九〇〇 造修費二、九〇〇
以上の如く、臨時費で設備が整えられていったことがわかる。肢体不自由児のこのような学校は、全く新しいことなので、教員の試行錯誤のくり返しが続けられ、次第に学校が整えられていったのである。