教育の実情

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 『東京市南山尋常小学校概覧』(昭和14年)によれば、視力保存学級の設置の理由として次の項目をあげている。
 
 一 視力ガ普通ノ学習状態ノ下ニ於テ悪クナル所ノ児童ノ視カヲ保存スルタメ
 二 彼等ノ必要ニ適スル教育的媒介ヲ用イナケレバ学業進歩ヲ見ルコトノ出来ナイヨウナ非常ナ視力欠陥ヲ有スル児童ニ教育ヲ施スタメ
 三 最モ少キ視力過労ヲ以ッテ児童ヲ教育スルタメ
 四 彼等ノ有スル視力ヲ保存スルニ充分ナ眼ノ衛生ヲ教エルタメ
 五 彼ノ眼ニ有害デナイ職業ヲ選ンデ、失明ヲ予防スルヨウナ職業指導ノタメ
 
 そして、入級の基準は次のとおりであった。
 
 イ 裸眼視力良き方の眼にて二米指数(〇・〇四)以上〇・三未満の者にして矯正し得ざる者
 ロ 眼屈折機能異常又は眼疾患を有し、現在の裸眼視力或は矯正視力〇・三以上なるも症状漸次悪化の傾向あり保護を要すと認められたる者
 ハ 以上の児童にして精神及び知能に著しき欠陥なき者
 
 授業は、修身、国語、綴方(つづりかた)、書方、算術、国史、地理、理科、裁縫などは視力保存学級で、また、図画、手工、唱歌、体操などは、一般の学級において指導されていた。
 教科書は、普通学級用の教科書が使われた。昭和8年からの国定4期(サクラ読本)、昭和16年以降は国定5期(初等科の教科書)が使用された。教科書の活字は小さいものもあるので、拡大レンズを使用することが許されていた。また、鉛筆は芯の軟らかい2Bを多く使用したり、紙も白色では光線の反射が強く眼に不健康であるところから、クリーム色のものも多く使われていた。
 次は、視力保存学級の学級経営案の一部である。
 
 視力保存学級二組 昭和十四年度学級経営案 担任訓導 尾上円太郎 印
 一 在籍児童数 一四名
 一 学級編制 四年五名(男子ノミ) 六年九名(男七名女二名)ノ複式
 一 学級経営上ノ基礎
  (略) (目標があげられている。)
 一 養護ニ関シ留意スル点
  (略) (1~9にわたりあげられている。)
 一 訓練上特ニ留意スル点
  (略) (1~21にわたりあげられている。)
 一 教授上ニ関シ特ニ留意スル点
  (略) (修身、国語、綴方、書方、算術、国史、地理、理科について)
 一 教育内ノ施設ノ主ナルモノ
 一 父兄ノ学級ニ対スル態度 特ニ熱心ナル者ハ一、二名アレド他ハ普通
 
 次は、視力保存学級5年生の作文である。
 
  弱視学級へ入ってからもう二年になります。この学級に入ってくる人は大てい視力が普通の人より弱いからです。向ふの組に居た時には黒板の字が見へないで困ることがずい分ありました。はじめはこの組へ来るのがいやだったけどもうなれてしまいました。
  月日のたつのは早いもので三年のときにこの組に入ったのにもう五年生です。僕は目が悪くても外の普通の人には何でもまけないつもりです。目がつぶれるととても不自由です。どこに行くにも人がついて行かねばなりません。人間にとって目ほど大事なものはありません。
 
 卒業生の進路を昭和10年~13年でみると、卒業生25名中、中学校入学4名 高等小学校入学15名 自宅6名となっている[注釈7]。