「国家総動員法」

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 「国家総動員法」は、昭和13年(1938)4月1日に公布され、戦争完遂へむけて国民を総動員するようになってきた。その後の動きを列記すると次のようである。
 
 「米穀配給統制法」を公布           昭和14年4月12日
 「国民徴用令」を公布             昭和14年7月8日
 「価格停止令」を公布             昭和14年9月18日
 大政翼賛会結成                昭和15年10月12日
 大日本産業報国会創立             昭和15年11月23日
 「食糧管理法」を公布             昭和17年1月21日
 学徒出陣                   昭和18年12月1日
 「緊急国民勤労動員方策要綱」を閣議決定    昭和19年1月18日
 「緊急学徒勤労動員方策要綱」を閣議決定    昭和19年1月18日
 「学徒勤労令」を公布             昭和19年8月23日
 「女子挺身隊勤労令」を公布          昭和19年8月23日
 「決戦教育措置要綱」を閣議決定        昭和20年3月18日
 「戦時教育令」を公布             昭和20年3月22日
 
 以上のような状況の中で、「学徒勤労令」公布後は、国民学校初等科を除いて、学生は勤労動員されていった。業務としては、「物資の生産、配給」「運輸・通信」「衛生・救護」「試験・研究」「土木建設」「警備」「証券ノ生産」「其ノ他厚生大臣ノ指定スル業務」があげられている(「学徒勤労令施行規則」第2条)。
 中等学校以上の集団的勤労作業は、すでに昭和13年から始まっていたが、食糧増産の必要性の高まりとともに、近郊農家への勤労奉仕や、学校農園を開設する学校もみられた[注釈8]。
 次は、順心女子学園の学校農園の記録の一部である。同学園では昭和15年「皇紀二千六百年記念事業」として、武蔵野沿線東京市板橋区東大泉町に2600坪の土地を購入し、これを学校農園として経営することにした[図5]。

[図5] 大泉農園における勤労動員(『順心女子学園60年の歩み』)

   大泉農園規定                  順心高等女学校
 第一条 本校ハ生徒ノ農業実習及農耕修練ノタメ農園ヲ設置ス
 第二条 農園ハ東京市板橋区東大泉町所在二千六百余坪ヲ以テ之ニ充テ順心高等女学校大泉農園ト称ス
 第三条 農園ニ農園主任ヲ置ク 農園主任ハ学校長ノ指導ヲ承ケ農園ヲ管理シ、生徒ノ農耕作業ヲ指導教授ス 農園ニ常備農夫ヲ置キ農園主任ノ指導ヲ受ケ農耕労務ニ従事セシム
 第四条 本校生徒ハ 職員統率ノ下ニ農園ニ赴キ 農耕修練ニ従事スルモノトス(以下略)
 (『順心女子学園六十年の歩み』)
 
関連資料:【文書】私立・諸学校 私立順心女学校