女子青年団[図3]

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 港区地域における女子青年団の結成経緯については概略で前述したところであるが、青年団の成立経過に比べて、きわめて政策的であったということができる。
 国は大正15年(1926)11月11日付で、内務・文部両大臣の連名による、「女子青年団ニ関スル訓令」で全国にわたって女子青年団の結成を促しているが、その中で、女子青年団を修養機関と性格づけ、その目標の第一に「忠孝の本義ヲ体シ婦徳の涵養(カンヨウ)に努ムルコト」をあげている。
 こののち、機の熟するのを待って、昭和2年(1927)11月29日付で東京市長名による女子青年団設置の通牒(つうちょう)が各区に対して発せられた。
 その通牒の内容は次に示すとおりであるが、女子青年団の目的・活動内容、組織運営の細部にわたって規定したものであった。このため、女子青年団の活動は自発性に乏しいものとならざるを得なかった。

[図3] 女子青年団発団式(桜小学校提供)

  女子青年団ニ関スル通牒(一部抜粋)
 一 女子青年団体設置
  イ 本市ニ於テハ小学校通学区域ヲ中心トシテ区ニ女子青年団ヲ設置スルコト
    但シ其ノ名称ハ東京市何々区女子青年団ト称ス
  ロ 商店工場等ニ於ケル女子青年団体ハ当該区ノ団体ニ加入スルモノトス
  ハ 本市ニ各区女子青年団ヲ包括スル聯(レン)合団体ヲ組織スルモノトス
    但シ其ノ名称ハ東京市聯合女子青年団ト称ス
  ニ 本市聯合女子青年団ハ東京府女子青年団聯合会ニ加入スルモノトス
 二 女子青年団ノ名称
  既ニ設置セル女子青年団体ニシテ処女会等ノ名称アルモノハ必スシモ之ヲ変ヘルノ要ナキモ、ナルヘク何々区何々女子青年団(例へハ本所区業平女子青年団)ト改メ満二十五歳以下ノ既婚者ヲモ入団セシムコト、新ニ設置セソトスルモノニ就テハ以上ノ例ニ依ルコト
 三 団体員
  義務教育終了者ニシテ中等学校ニ入学セサルモノハ勿(モチ)論中等学校在学者ト雖(イエド)モ適当ナル方法ニ依リ成ルヘク全部ノ女子青年ヲ入団セシムルヲ常例トシ、満二十五歳迄ハ正団員トシテ在団セシムルコト
  満二十五歳以上ノ女子ト雖モ同シ修養ニ志スモノハ客団員又ハ賛助員等ノ名ニ於テ在団セシムルモ差支ナキコト
 四 指導者等
  指導者又ハ協力者ニ対シテ顧問、客員、賛助員、役職員ノ名ニ於テ関係セシメ団員同様又ハ密接ナル関係ヲ保チ援助セシムルコト
 五 役職員
  役職員中、区団長ハ当該区長、各団長ハ学校長トシ、各団ノ幹部ニ若干ノ当該学校職員ヲ充(ア)テ、其他直接団務ニ当ルモノハ、成ルヘク正団員ヲ之ニ充テ、自治修養ニ便ナラシムルコト、評議員ノ如キ団体ノ意志ヲ決議スル機関ハ特ニ然リトス、但シ団務施行ノ場合ハ常ニ之カ後援ヲナシ正シキ修養ノ道ヲ示スコトヲ怠ラサルコト
 六 団体ノ経費
  団体ノ経費ハ成ルヘク会費又ハ団体等ノ勤労等ニ依ル収入ヲ以テ之ヲ支弁スルコト補助又ハ特志ノ寄附アル場合ハ必ス之ヲ修養ヲ目的トスル事業費又ハ事業基本金ニ充ツルコト
 七 団体ノ事業
  団体ノ事業ヲ計画スル際ハ必スシモ其ノ成果ニノミ重キヲ置カス常ニ修養本位ニ立案シ特ニ左記事項ニ留意スルコト
  イ 事業ニヨリテハ分団式トシ、年齢職業境遇等同様ノモノヲ一団トシテ各々其レニ適当ナル事業ヲ計画スルコト
  ロ 土地ノ状況ニ依リ職業ノ種目等特ニ重ンスヘキモノアルヘキモ普通陶冶(ヤ)ニ属スルモノハ一方ニ偏スルコトナク個人生活社会生活ノ調和ヲ念頭ニ置キ計画スルコト
  ハ 学校其他諸種ノ団体ト共同シテ成シ得ル事業ハ成ルヘク其等ト聯絡提携シ計画スルコト
  ニ 事業ヲ計画スルニ当リテハ最少限度ノ経費ヲ計上シ成ルヘク団体員ノ負担ニ依リ之ヲ支弁スルコト
  ホ 見学等ノ如ク個人カ一時ニ多額ノ費用ヲ要スル事業ハ早ク之ヲ計画シ旅行貯金等ノ方法ニ依リ予メ之カ準備ヲナスコト
  ヘ 競技会、娯楽会、演奏会等開催ノ場合ハ其ノ目的ヲ明カニシ団体トシテモ個人トシテモ徒ラニ華美ニ流レサル様注意スルコト
  ト 事業ニ当リテハ単ニ其ノ事業ノ目的達成ヲ計ルノミナラス団体活動トシテ之ニ当ルコト
  チ 事業相互ノ聯絡統一ヲ計リ且ツ継続的ニ之ヲ計画シ一時的ニ消滅スルコトナキ様注意スルコト
  リ 図書室、図書庫等ヲ経営スル場合ハ其備付図書等ノ内容等ニ留意スルコト
  ヌ 講習会、講演会等開催ノ場合ニハ其ノ内容徒ラニ奇ヲ好ムコトナク真摯(シ)ナルモノヲ選フコト

[図4] 女子青年団分団数の推移

 本区における女子青年団分団数の推移は[図4]のとおりであるが、青年団に比べて少ない。しかし、小学校区ごとに設置されたので一分団あたりの団員数はかなり多いものであった[注釈4]。
 
 女子青年団の活動状況は時局の変化に応じているが、その変遷をいくつかの女子青年団の事業報告で対比させてみると次のとおりである[注釈5]。
 
  『麻布区女子青年団事業報告』 (自昭和四年四月 至昭和五年三月)
 四月  明治神宮 昭憲皇太后祭参拝(二〇〇〇名参加)
 五月  英国グロスター公殿下奉迎(四〇〇名参加)
 六月  伊勢神宮及び熱田神宮参拝移動講習会参加(九名参加)
 七月  第一回女子青年団講座開催(五日間) (各分団より指導者計七〇名参加)
 一〇月 明治神宮弐年遷宮祭参列(代表一名)
     明治神宮弐年遷宮祭遥拝式参列(一八〇名参加)
     全国女子青年団講座開催(四〇〇名参加)
 一一月 第二回女子青年団講座開催(二日間、分団幹部三五〇名参加)
 一二月 東京府女子青年団主催音楽舞踊映画会協力(入場券七七七枚売捌(ベツ))
 一月  幹部養成講習会参加(五日間)(三名参加)
 二月  高松宮殿下御成婚奉祝(三〇名参加)
     第三回東京府女子青年団連合会大会参加(四〇〇名参加)
     第三回女子青年団講座開催(二日間)(分団員一〇〇名参加)
 
  桜田女子青年団(芝区)
 昭和六年度
 一 神奈川県生田遠足(四五名)
 一 欠食児童資金募集(五名)
 一 自治会館出席(五名)
 一 満洲駐屯軍慰問使報告会
 昭和七年度
 一 満洲派遣軍遺族慰問金募集
 一 戦死者遺骨出迎(二五名)
 一 東京防護講演及映画会(三名)
 一 女子会館建設資金募集
 一 東京市女子青年団大会
 一 国民更生運動大講演会
 
  氷川女子青年団(赤坂区)
 昭和一二年度事業
 一 赤坂区女子青年団総出席(六月・九月二回)
 一 応急防空用具手工製作講習会
 一 救急作業講習会(二回)
 一 国民精神総動員時局講演会
 一 軍需品包装作業奉仕
 一 非常時における炊事作業訓練
 一 第二陸軍病院傷病兵慰問
 一 靖国神社祈願並に奉仕作業参加
 一 靖国神社招魂斎場編成祭参列等
 
 麻布区女子青年団は連合組織であり、他の2団は分団であるので、連合行事と個々の事業との違いはあるが、10年足らずの間にいかに時局が変化したかを読みとることができる。
 なお活動に要する経費を麻布区女子青年団の報告書で見ると、歳入が484円余、そのうち、区の補助金が200円、東京市連合女子青年団の補助金が99円となっている。また歳出は276円であったから、活動のほとんどは補助金で賄えたということができる。
 このことから、「通牒」の趣旨とは異なり、経費の面からも活動内容に大きな規制が加えられていたと見ることができよう。