美術館

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 本区における特色ある社会教育施設として美術館がある。
 
■根津美術館
 赤坂区青山南町6の115(現南青山6―5)
 実業家根津嘉一郎の遺志により、その収集品及び邸宅をもって昭和16年(1941)に開館した。設立の経緯及び所蔵美術品について『赤坂区史』では次のように述べている。
 
  実業界の耆(き)宿根津嘉一郎は、かねて東洋古美術に趣味を有し、多年の間日本及び支那の古美術を中心として、逸品を蒐(しゅう)集してゐたが、昭和十五年一月卒去するや、根津家では同翁の遺志によって、一の美術館を建設するに決し、同年十一月、基金五千万円を以て財団法人根津美術館を設立した。仍(すなわ)ち根津家より故翁の蒐集せる美術品と、青山南町に於ける同家所有の土地約一万二千坪余及び邸宅建物の全部を之に寄附したのであるが、本館は美術館としての本建築が出来るまでの間右旧根津邸を仮用中であって、その建坪は約六百坪である。
  本館所蔵の美術品は数千点、箇数にすれば八千余箇に達し、而もその蒐集の範囲は頗(すこぶ)る広汎で、絵書、彫刻、墨蹟、刀剣、工芸美術品、服飾、能面其他にわたっているが、このうち既に国宝に指定されたものは十二点、即ち燕子花図[尾形光琳作] 那智滝図[作者不詳]絵過去現在因果経[介法橋慶忍弁子息聖衆丸] 内大臣殿歌合[筆者不詳] 大般若(はんにゃ)経[和銅五年長屋王が敬写せしめられしもの] 観世音菩薩(ぼさつ)受記経[天平六年写経司門部王主宰の下に敬写せしめられる一切纏の一部] 註楞伽経[推定天平十二年頃のもの] 其他五点、又重要美術品の指定を受けたもの四十数点を数える。
 
 同美術館は昭和20年5月25日の空襲により焼失したが、収蔵の美術品は都下青梅と山梨県石和にそれぞれ疎開してあったので難をのがれることができた。翌21年には簡易建築で美術館が再開された。昭和29年に館の本体が建築落成、同39年に増築している。
 
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