学童集団疎開をすすめるに当たり、輸送計画は、疎開列車の運行を指定したり、学童の所持品、各国民学校の疎開地での教育に必要な教材教具の輸送についても、十分な準備期間はとれなかったが、周到な実践計画が作成された。
なお、輸送を担当した東亜交通公社の「学童集団疎開の御注意」の中に次のような指示事項が挙げられている(南山小学校保存記録より)。
一 車両の割当は出発当日(午前中に出発の物は前日)上野駅鉄道案内所に出張中の当社職員がいたしますから、御打合下さい。
二 学校責任者は誰にでも分かるよう腕章をして下さい。
三 見送りは学校でかいさんさせて駅まで来ない様にして下さい。
四 一般に上野駅の見送りは禁じられて居りますが、一校三名を限度として特別入場券を交付いたしますから当日当社係員からお受取ください。
五 学校の荷物が多くてホームまで持参不能の場合は改札口付近に一ヶ所にまとめ前記三名の見送人に運搬させて下さい。手押車をお貸しいたします。
以上の指示を読んでも、緊迫した事情と非常な決意のようなものが感じられる。
芝区桜田国民学校における集団疎開に関して父兄への通知文は次のとおりであった(『東京都戦後教育史稿』)。
陳者今般本校児童集団疎開ニ関シテハ、種々御高配ニ預リ誠ニ有難ク深謝仕候、児童ノ携行荷物ハ去ル八月二三日奉仕会並ニ保護者有志ノ絶大ナル御後援ニヨリ汐留駅ヨリ既ニ現地ニ発送済ニ有之、児童ハ左記日程ニヨリ出発致スコトニ相成候間、今後共一層ノ御援助ヲ賜ハリ度御願申上候、尚残留児童ハ学級ヲ整理致スモノハ致シ、引続キ授業ヲ継続可仕可分職員等モ手薄ト相成候次第ニテ今後一段ト御援護賜リ度重ネテ御願申上候
先ハ御通知旁々御願迄 敬具
昭和十九年八月二八日
殿 東京都桜田国民学校長 早川 司郎
第一陣 第二陣
八月二九日(火)晴雨ニ不拘 八月三十日(水) 同上
学校集合 午前五時二十分 学校集合 午前七時三十分
出発式 点呼 儀礼 訓話 注意 出発式 同上
新橋駅前 父兄への挨拶 新橋駅前 同上
上野発 七時三十分(小牛田行) 上野発九時四十分(青森行)
児童 一八五名 附添者 一四名 児童 一〇六名 附添者 五名
尚、先発隊ハ左ノ通リ既ニ出発済ニ有之候
第一陣 七月二四日 窪田、長嶺訓導、石川小使
第二陣 八月二六日 藤山、他十二名保護者有志
備考 警戒警報発令ノ場合ハ防空服装トシ予定通リ出発可仕候
空襲警報発令ノ場合ハ出発ヲ見合セ、当局ノ指令ヲ待ツコトニ相成ルベク候ニ付念ノ為申添ヘ候
以 上
というものであるが、所要荷物の送付にあたっては、奉仕会、保護者有志等の援助のもとに行われたことが察知し得、更に附添者の中に奉仕会役員とか保護者有志などが加えられており、単に学校のみの仕事ではなく地域ぐるみの仕事として、学童集団疎開なるものが地域の力を結集して行われていったことがわかる。
また、芝浦国民学校の疎開完了報告(昭和19年9月8日)をみると「輸送途上ノ状況調」に次のように記載されている。
自校ヨリ列車発駅迄ノ状況
事故ナシ、八月三一日午前八時学校発、田町駅裏口ニテ保護者全部ト別、同八時四〇分最初予定ノ電車混雑ノ為他ノ電車ニテ上野駅ニ至リ、直ニ青森行第一〇三号列車ニ無事乗車
発駅ニ於ケル乗車状況
山ノ手線ヨリ列車乗車マデ頗(スコブ)ル円滑ニ進行シ、乗車後ハ全員座席ニ着クヲ得タリ、見送リハ奉仕会長一名、学校補助職員四名、父兄ハ忘レ物ヲ届ケ来レル者三名アリタルノミニシテ行動ヲ共ニセズ
列車中ニ於ケル状況
汽車酔等ノ事故皆無、途中宇都宮駅ニテ婦人団ノ奉仕ニヨリ児童ニ白湯ノ補給ヲ受ク、西那須野駅ニ至ル間、紙芝居ノ奉仕ヲ受ク
到着駅ニ於ケル状況
西那須野駅着下車、地元国民学校児童ノ湯茶ノ接待アリ、小憩ノ後乗合自動車三台ニ分乗此ノ間モ円滑ニ進行ス
到着駅ヨリ宿舎迄ノ状況
乗合自動車ニテ西那須野駅発途中何等ノ事故ナク無事塩原町畑下戸着塩原国民学校及竹芝国民学校児童ノ出迎ヲ受ケ午後三時宿舎ニ到着、地元婦人団ノ出迎ヲ受ケ塩原国民学校児童トノ交カン式、続イテ人宿式ヲ行ヒ宿舎ニ入ル
其ノ他
入宿後、地元婦人団ヨリ馬鈴薯(ショ)旅館主ヨリとうもろこしノ饗応(キョウオウ)ヲ受ク、一同大満足、荷物モ前日旅館主ノ厚意ニヨリ、予メ協議シ置キタル通、栃木県立健民体練科修練生ノ奉仕ニヨリ荷物解キモ完了シ居タルニヨリ何等ノ支障ナク落着クヲ得タリ
ほとんどの学校も右と同様な経過をとっていたものと思われる。
関連資料:【学校教育関連施設】