奉仕会の後援[図61]

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 児童保護者会は、学校教育の効果をあげるため、教師に協力し教育のかげの力となってますますその実績をあげていた[注釈14]。昭和19年(1944)から20年にかけての集団疎開のときは、多く奉仕会と名称もかえ、奉仕会の後援の役割りは筆舌に絶するものがあった。児童の荷物、校具、備品の輸送の手伝い、梱包(こんぽう)、荷ほどきなど、現地へ赴いての奉仕、食糧の運搬、疎開地での発病児の看護、慰安等教師と一丸になり後援を行った。

[図61] 疎開児童の荷物の運搬

 南山国民学校教育奉仕会集団疎開児童後援部規程の第2条に本会の目的達成のために、次のような事項を行うと記されている。
 
 一 教科書、学用品、被服等必要なる物資の供給、保健栄養上必要なる事項、宿舎の施設其の他運営に関する事項、家庭・宿舎・学校相互の連絡協調に関する事項
 
 なお、部費は月額1口(1円)以上とし毎月之を徴収するとある。
 後援部より、各学寮に毎月前渡金として必要額を送り後援の実を挙げていた様子がわかる。どのように使われたか昭和19年11月の場合を挙げてみる。
 
 食費補給費 一人一日五銭 入浴費補助 一人一日四銭
 薪炭(しんたん)費 教養費 図書雑誌娯楽慰安等、各学寮月二〇円
 遠足 月一人二五銭 衛生費 各寮月二〇円
 聯絡(れんらく)交通費 先生一人一〇円 各寮月二人
 通信運搬費 各寮月二〇円 需要費 各寮二〇〇円(七ヶ月分)
 雑費 各寮一〇〇円
 
 丹波屋学寮に対し、11月より4月までの5カ月分の前渡金は、11月300円、12月600円、1月288円、3月780円、4月500円、合計2468円と渡され、活用された記録がある。
 
関連資料:【文書】小学校教育 聖坂小学校児童保護者会
関連資料:【文書】小学校教育 乃木国民学校教育奉仕会
関連資料:【文書】小学校教育 赤坂区連合国民学校教育奉仕会