前述の「学校図書館法」と同様、昭和29年に「理科教育振興法」が施行された。
この法律の骨子は地方公共団体が理科教育の振興を図るとき、国がその経費の2分の1を補助する(予算の範囲内で)ことを義務づけたものである。また、同法施行令、同法施行規則によって、各学校の理科教育の設置基準が定められた。
これらの法律が制定されたことは、戦後の混乱がようやく治まり、校舎の整備から、直接授業に関係する備品の整備充実にも配慮できるようになったことを示すものであると言えよう。特に理科教育は戦後の自主性、自発性を重視する新教育の主要教科として社会科と共に期待されていたが、どこの学校でも教具の不足に悩んでいた。この悩みの解消のために「理科教育振興法」は大きな働きをした。
港区においては、施行にあたり、各校の理科備品を「理科教育振興法」の備品台帳記載にあわせて記帳し、自校の充実度を算出した。一方、区教委は充実度の低い学校から、年間4~5校を選定し予算額を区の予算2分の1、国からの予算2分の1ずつあわせて通知した。当該学校においては、急いで充実しなければならない備品から順位を定めて備品の充実を図っていった。
特に、理科教育に必要な教具には、高価なものが多く、また、グループで実験をし、より確かな学習を高めるためにも、現状では不足が訴えられていた。戦火を受けた学校や、児童の疎開中他の団体が使用した学校もあり、理科室の整備には苦労をしていたので、「理科教育振興法」は、港区内の小学校の理科教育推進のために有意義であった。