しかし、昭和28年より始まった、テレビの放送が、子ども達の生活を大きく変えた。
日本のテレビ受信契約数は昭和33年には100万、昭和35年には500万を突破し、短期間のうちに全国の家庭にテレビは定着した。それによって、テレビの長時間視聴による外遊びの減少、受け身の余暇のすごし方などが多くなり「テレビっ子」といわれて、問題視されるようになり、その後の塾ブームによって、子どもの戸外での遊びはますます減少するようになる。
[図31] 昭和20年から30年にかけての娯楽・アイドル(『神明小学校70周年記念誌』)
昭和20年代、30年代のまだテレビが普及しないころの校外でのようすは、『神明小学校七十周年記念誌』にある児童の研究によってうかがうことができる。
お父さんに聞いた話
昭和三〇年代は、また空地がいっぱいあって、車も多くはなかったそうです。ビー玉やめんこ、野球、べいごま、たこあげを交代でやった。今の子どもと違って、学年がちがってもみんなで遊んだそうです。女の子はお手玉、ゴムとび。(中略)ホッピングやフラフープもはやった。