私立中学校での委託教育

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 東京都全体をみるとほとんどの中学校が独立校舎を持たず、他校内での併設であった。また、開校した公立中学校だけでは同年の小学校卒業生を収容することは不可能であった。このため東京都は、私立学校へ公立中学校に収容しきれない生徒の教育を委託する策をとり、全都では58の私立学校がこの委託教育を引き受けた[注釈4]。
 港区も例外ではなく、新設された8校の区立中学校だけでは、小学校の新卒業生全員を受け入れることは不可能であった。このため区内私立学校のうち、正則学院(男子校)、東京女子学園(女子校)、高輪学園(男子校)、頌栄(しょうえい)学園(女子校)、順心女子学園(女子校)の5校にその教育を委託した[注釈5]。
 委託校は生徒の自由募集は中止して区立小学校卒業生を受け入れている。このため、元来が男子校であった学校に女子生徒が入学し、また女子校に男子生徒が入学して、男女共学を実施する状態で、設備がそれぞれ男子教育、または女子教育のみに適するようになっているために多くの労苦やとまどいがあったのである。
 受け入れ関係校は次のようになっている。
 
 正則学院……昭和22年度 赤羽小学校、御田(みた)小学校卒業生
 東京女子学園……昭和22年度 芝小学校、南海小学校卒業生
 順心女子学園……昭和22年度 筓(こうがい)小学校、本村小学校卒業生
 高輪学園……昭和22年度 高輪台小学校卒業生。昭和23年度 白金小学校、高輪台小学校男子卒業生
 頌栄学園……昭和22年度 白金小学校卒業生。昭和23年度 白金小学校、高輪台小学校女子卒業生
 
 このため、高輪学園では昭和22年度入学学年だけが男女共学、他は男子だけの学級編成・頌栄学園では昭和22年度入学学年だけが男女共学、他は女子のみの学級編成となっている。
 当時の頌栄中学校の男子中学生は、次のような作文を残している。
 
    我等の新制中学            中二の男子
  終戦後、早くも四年目の春を迎えた。新制中学二年の僕はいま学校生活をふりかえってみる。女学校の中に設けられた僕等の新制中学は、東京でも特異な存在である。その上、上級生も、あとにつづく下級生もすべて女子生徒で僕等の男子クラスには先輩も後輩もない。
  この特異な存在であるために、今まで転校問題や共学問題が起きた。そのたび学校の先生方やPTAの方々にも御心配をかけた。しかしどうしても頌栄にとどまりたい僕等はその希望が入れられて、今少数の理想的なクラスに二分されて新制中学の最後の一年あまりを頑張ろうとしている。しかも先生方は僕等の男子としての進学にそなえて、英語や数学などの重要課目についても特別の授業をして下さるし、体育の点でも頌栄の野球チームは、区内でも非常に強いと、認められるほど僕等は立派な中学生となった。この印象の深い学校を義務教育の最後の学びの門として、僕等は一時間でも無駄にせずに真剣に勉強したいと思う。僕等の母校、僕達の頌栄はこのような特異な存在として永久になつかしい思い出として僕等の頭をはなれないであろう。(『頌栄学園百年史』)
 
 委託制度に協力した私立学校の尽力によって、港区の六・三制教育は実施できたといっても過言ではないだろう。
 私立校への委託は当然のことながら一定の条件を定め、公費による委託経費をもって実施された。例えば委託にあたって次のような契約書が、順心学園と港区長の間でとりかわされている[注釈6]。
 
     契約書
 東京都港区長(以下甲と称する)と順心中学校設置者財団法人婦人共愛会専務理事田所敬子(以下乙とする)との間に双方の合意に基づき左の条項につき契約を締結する
 第一条 甲はその設置義務を有する中学校に収容すべき学齢生徒の学校を乙の設置する中学校に委託する。
 第二条 委託の期間は昭和二二年四月一日から昭和二三年三月三一日までとし、期間の変更等については相互の経営計画にそごを来たさないようにしなければならない。
 第三条 甲は委託に対する報償として、生徒費及び維持費を乙に支払う。
 第四条 生徒費は生徒一人当り年額二百円とし、毎月初めの生徒の実数に応じて翌月一五日までにその月分を支払う。
 第五条 維持費は一学級当り年額三万五千円とし、毎月一五日までにその月分を支払う。
 第六条 第四条及び第五条の報償の額については経済状況の変動に応じ、公立学校の経費との差等を生じないようにする。
 第七条 甲が乙の行う委託学校につき必要なる要請をなすことができる。
 第八条 乙は左の帳簿を備付け、いつでも甲の検査に応じ得るようにしなければならない。
     一 収支予算書及び出納簿並びに証憑書類
     二 生徒異動簿
     三 職員出勤簿
 第九条 本契約の条項にない事項については、東京都委託学校基準要項による。
 第一〇条 本契約の条項を変更しようとするときは、双方の協議による契約書を更新しなければならない。
 第一一条 本契約書は三通を作製し相互に署名捺印の上、双方各一通を保持する外一通を都長官に提出する。
 昭和二二年五月二六日
       甲  東京都港区長            井手光治
       乙  設置者財団法人婦人共愛会理事長   田所敬子
 
 昭和22年4月にはじまった委託制度も、公立中学校の施設が整備されるにしたがい廃止されていった。
 正則学院……昭和26年3月廃止
 高輪学園……昭和26年3月廃止、この間に卒業した生徒数、男子750名、女子55名、計805名
 順心学園……昭和27年3月廃止・満5年間の実施(昭和25年4月より順心中学校の自由募集を開始していた)
 頌栄学園……昭和26年3月廃止(昭和24年度からは、委託は受け入れず、自由募集とした)
 東京女子学園……昭和25年3月廃止、受け入れは昭和22年度だけとする。
 
関連資料:【文書】中学校教育 都立併設中学校・新制高等学校の設置と廃止
関連資料:【文書】中学校教育 <参考>新制中学校発足当時の状況
関連資料:【文書】中学校教育 義務学齢生徒委託学校
関連資料:【文書】中学校教育 私立中学での委託教育
関連資料:【学校教育関連施設】