公立幼稚園設置者である都は、焼失小学校の復興、新制中学校の設立等の対策に追われ幼稚園再開には手が回りかねる状態であったことが、『西桜幼稚園沿革誌』の記載によってうかがうことができる。
昭和二一年三月幼稚園再開ヲ協議ス。学校長小菅信作 東京都民生局及ビ芝区長井手光治氏ト交渉シ 本年再開運動展開ス 本年度ノ経費ハ自給自足ヲ本態トスル都ノ意向ニツキ再開ニ困難ヲ来タス。
経費自給自足ノ計画成立シ六月四日仮開園ス。
公立とはいえ、経費は受益者負担による再開であったようである。開園式の模様については、同沿革誌には次のように記載されている。
園児一三〇名
童話並ニ西桜国民学校児童ノ舞踊音楽等アリ記念品トシテ新入園児ニ絵本オ菓子ヲ配給ス
昭和21年5月8日再開した麻布区南山幼稚園の園日誌は、開園式の模様を次のように記載している。
五月八日(水) 欠席二人
午前一〇時より第一二回入園式挙行
一 敬礼
一 園長先生のお話
一 職員紹介
一 保護者への注意
一 入園の紙芝居
一 母の会々則に就て
おみやげ渡し
保育室、帽子掛、下駄箱、引出等観る。
(『戦後東京都教育史』中巻「学校教育編」)
南山幼稚園は再開当時、園児22名、教諭(保母)2名、中之町幼稚園は、昭和21年度修了児40名であった。
関連資料:【学校教育関連施設】
関連資料:【くらしと教育編】第8章第3節 (1)戦後の南山幼稚園